第14話 救出ミッション開始!
「私はアリサ。こっちはファリスよ。あなたのお名前を教えてくれるかな?」
出来るだけ平静を取り戻せるように、そして気を許して貰えるように、まずはアリサが屈んだまま両手を握り女の子に聞いてみる。
「ロール……」
「可愛い名前ね。それじゃあロール、お姉ちゃんはどうして連れていかれちゃったの?」
「えっとね……ロールたちがお金持ってないから」
俺とアリサは目配せをする。
普通の生活を送っているのなら、これくらいの歳の女の子があまり口にしないような言葉だからだ。
「お父さんとお母さんは?」
無言で首を振るロール。
亡くなったのか、行方が分からないのか、とにかく身近なところにはいないみたいだな。
「大きいお姉ちゃん……ミラお姉ちゃんも少し前にいなくなって、怖いおじさんたちがお金を取りに来たけどあげられないから……代わりにメリダお姉ちゃんを他の街に連れて行くって……」
話しているうちにロールの言葉が詰まってきた。
唇をしっかりと結んでいる顔からは、感情が溢れ出しそうになるのを我慢しているのが分かる。
「メリダお姉ちゃんも帰ってこないのかな? ロール、一人ぼっちになっちゃうの?」
その言葉、その姿に俺はロールと自分を重ねていた。
家族を失って突然一人になってしまったあの時の自分と。
だけど俺にはすぐ傍で支えてくれる人たちがいてくれた。
この子はどうなんだろうか?
もしも身内以外に頼るところがないのなら、どうやって生きていくのか。
そうは思ってもまずはもっと詳細を把握しなくては、どこまで俺が関わっていいのか判断に迷うところだ。
「分かったわ! 私たちがなんとかしてあげるから!」
しかしアリサは躊躇もせずにメリダの救助を請け負った。
するとロールの顔には笑みが戻ったが、俺はアリサの腕を掴むとロールと少し距離を取って小声で話した。
「なんとかするって、どうするつもりなんだよ。下手に期待を持たせちゃダメだろ」
「ごめん……でも、あの顔を見たら8年前のことを思い出して、つい口から出ちゃったの」
本当に申し訳なさそうな顔を見てもだが、その言葉を放った理由が十分に伝わり、俺にはそれ以上責めることは出来なかった。
向こう見ずと言ってしまえばそれまでだ。
しかし自分がどんな不利益を被るかを考えるよりも先に人に手を差し伸べるアリサには、結果として俺だって何度救われてきたことか。
それでも危険に晒せないことに変わりはない。
アリサにはこの場に残ってロールについていてもらって、俺が鉄皇団に報せに行くことを提案する。
そう言って本当は自分で助けに行くつもりなんだけど。
メルリエルの家に行った帰りだし、また都合よく背負袋には一式入っているからな。
「呼びに行って、探し出して、そこから駆けつける……それじゃあ手遅れになるかもしれないでしょ。別の街に行くって言ってたみたいだし、すぐに出発することも考えられるじゃない」
本当のことを言えば懸念する必要はないんだけど、俺の提案をそのまま鵜呑みにするならアリサの言うことは尤もなことだ。
「じゃあ、とりあえず俺がすぐに男たちを追いかけて、場所をつきとめたら一度ここに戻ってくるから、その間にアリサが鉄皇団に報せてくれ」
アリサを遠ざけることが出来るし、自分もメリダを助けに行ける。
ロールを一人にしてしまうが自宅で待っている分にはそんなに心配はないだろうし、これで万事解決だな。
「ダメ! ファリスは私より運動神経が悪いんだから、その案でいくなら役目は逆でしょ!」
もう以前の話だけど俺の秘密を知らないアリサがそう言うのも仕方がないか。
いや、例え俺が今の力を手にしていなくても絶対に一人で行かせることはしないけど。
それ故に俺たちはどちらも意見を曲げることはなく、不毛な言い争いが続いた。
だがこのままでは悪戯に時間を消費するだけで、状況はどんどん悪化していく。
ならばと俺は最終的な妥協案を口にしてみた。
「だったら二人で追いかけよう。ロール、鉄皇団の人がいる場所は知ってる?」
ロールは人差し指を口元に当てて宙を見つめながら、自分の記憶の引き出しを順番に開けている様子を見せる。
そしてしばらくした後に力強く頷いた。
「君がお姉さんのことを教えに行くんだ。もし途中で会ったならその人に話せば大丈夫だから」
再び「うん!」と頷いて駆け出していくロールの後ろ姿を見送り、俺たちはメリダの居場所を特定する為に先程の男たちの追跡を開始した。
◇
それからの行程は割と簡単なものだ。
音を拾える範囲を広げ過ぎるとその中から判別するのが難しくなってしまう。
だからある程度に絞りながら男たちが去って行った方向の手前から奥へ、少しずつ位置をずらして探っていく。
するとある地点でそれらしき声を捉えることが出来た。
聞き入ってみればそこから動く様子がないので、おそらくは目的地に到着しているのだろう。
これで正確な居場所は分かったが、念の為にこの目で確かめておきたいところだ。
途中アリサが自分の勘だけで全く別の方へ行こうとするので、またも意見がぶつかったが、自信ありげな俺が珍しかったのか最後には折れてくれたおかげで割と早く探し出せた。
辿り着いたのは四方を高い塀で囲まれた建物で、すぐにでもここを出発するつもりなのだろう。
開けられた門から見える敷地内には馬車が2台用意されており、その傍らには人相のよろしくない男が二人。
他の仲間は室内にいるみたいだ。
慌ただしくしている足音によって中の人数を数えてみたが、およそ8人といったところか。
とにかく影から伺っていても埒が明かないので、俺は次の行動に出ることにした。
「場所も分かったし、俺がここで見張ってるからアリサはロールの家に戻るんだ。もし鉄皇団が来たらここまで案内できるように」
「それなら私が残るわ! だからファリスが呼びに行ってちょうだい」
「そう? だったらお願いするね」
「あれ? 今度はやけに素直じゃないの」
そう言うのは最初から分かっていたからな。
ここまで来てまた揉めても仕方がないし、行動しやすい状況くらいは自分で作るとするさ。
「じゃあ俺は行くけど、絶対に一人で先走るんじゃないぞ! 絶対にだからな!」
「分かってるわよ。時間がないかもしれないんだから早く行って」
俺は頷いてから走り出そうとするが、ふと思うことがあって踏み止まるともう一度アリサの方へ振り返る。
「念の為に言っておくが、さっきのはそういう意味じゃないぞ」
「いいから行きなさい! 引っ叩くわよ!」
声を絞りながらも圧のある言葉に弾かれるように今度こそその場を後にしたが、俺はロールの家に戻るのではなく、建物の角を曲がってすぐに屋根の上へと移動する。
一応周りを確認してから、俺は背負袋の中の黒い衣装に着替えることにした。
ここなら気兼ねする必要もないからな。
だが、俺の耳にあってはならない会話が聞こえてきたのはその途中のことだった。
「待ちなさい! その子を連れて行かせないわよ!」
「あぁ? なんだこの女。こいつの知り合いか?」
大急ぎで着替えを終わらせて上から状況の確認をすると、馬車の近くにはメリダを囲むように先程見た三人の男が。
そして他の二人の男が抵抗するアリサの腕を掴んでそこへ引き摺っていく。
きっと連れ去られそうなメリダの姿を見て引き留めようと飛び出してしまったのか。
「なんかよく分かんねぇけど、こいつどうする? 一緒に馬車に乗せるか?」
「あぁ、現場を見られちまったしな。この女が消えて騒ぎになるだろうが俺たちはすぐここを離れるんだし、どう始末するかは後で考えよう」
馬車に押し込まれそうになり、アリサはさらに抵抗を強める。
「触らないでよ! お姉さんを連れて帰るってロールと約束したんだから!」
「てめぇ! こっちは急いでんだから手間かけさせんな!」
アリサを掴んでいた男が反対の手を振り上げて顔を殴ろうとするのを見た瞬間に、俺は屋根の上から跳んで着地していた。
その男を下敷きにして。
驚きの表情を浮かべるアリサが目に入るが、構わずに振り返ると同様の面持ちを見せる男たちの姿が。
しかし武器を取って構える暇を与える間もなく、残りの四人も近くの者から順に拳や蹴りで順番に伸していき、少し前までざわついていた周囲には静寂が訪れる。
「あ、あの……」
アリサに背後から声をかけられ、そちらを向こうとした時に建物内の音が一変したことに気付いた。
物音は最小限に留めるよう努力はしたが、他の仲間に聞こえてしまったのか。
俺は警戒を解かないまま、とにかく二人の安全を確保できる案を、ただそれだけを懸命に模索していた。
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