第12話 ライバルは仮面の王子様?
創生祭の事件から1ヶ月が経ち、街の人々も表向きは平穏を取り戻していた。
あくまでも表向きだけど。
情報の規制が敷かれたのか俺やクラウンのことは詳しい記事にはなっていなかったが、あの光景を目の当たりにした多くの人の心には未だに恐怖と不安が蔓延っていることだと思う。
だけど早く忘れてしまいたいが為にそれを閉じ込め、いつもと変わらぬ日常を送ることに努めているのだろう。
そんなことを考える俺も今まさに「変わらぬ日常」の中にいる。
ついさっき違法な取引をしている商人と顧客のリストを手に入れたついでに、ここに記載されている何人かの人物にお灸を据えてきたところだ。
最初の現場となった建物から少し離れた資材置き場に移動すると、そこに積まれた木箱の隙間から袋を引き出し、中に入れていた普段着に着替えた。
誰にも見られないうちに倉庫を後にして街中の人の流れへと合流すると、歩きながら今一度入手したばかりのリストに目を落とす。
これまで何事もなく生きてきて、ずっとこの街は平和であると思っていた。
だけど感覚が研ぎ澄まされて物事の細部まで知ることが出来るようになってしまったからだろうか、どんなものにでも表があれば裏があるということを嫌でも実感させられてしまった。
だからこそ俺は自分の力を使って、父さんが命の尽きるその時まで守り続けていた故郷をふざけた道化師のような奴らの好きにはさせないと心に誓ったんだ。
それに今ならずっと俺の頭の中に貼り付いて離れない、あの日の夜に起こった事件の真相に迫ることが出来るような気がする。
1ヶ月前からただ闇雲に行動していたが、これがあれば今後はかなり効率が上がるだろう。
そんなことを考えている最中ではあったが、後方から誰かがこちらに歩み寄ってくる気配を感じて、俺はすぐに手にしていた袋の中へリストをしまった。
「よお! ファリスじゃねーか!」
振り返った瞬間にその人物が鉄皇団の鎧を着用していたので若干驚いたが、その顔を見て警戒心は一気に消え去っていく。
「ウィルおじさん、何してるの? こんな所で」
「あぁ、なんか屯所に変な文書が投げ込まれたから何人かで確認して来いってことになってよ。どうせイタズラだろって思いつつ行ってみたらこれがマジの話でやんの」
なんと、あの建物に駆けつけてきた内の一人がおじさんだったとは。
というか、相変わらずその歳で下っ端みたいな仕事してるんだね。
一般人に仕事の内容を簡単に喋るくらいだから仕方ないだろうけど。
「ほっとけよ! それよりお前の方は何してたんだ?」
「えっと……そう、仕事の帰りだよ」
「へぇ、一応働いてるんだな」
その言い草だと俺にどういうイメージを持ってるんだ、おじさんは。
稼ぎがなければ生きていけないんだから当たり前だ。
そうは言っても日雇いの仕事ばかりだけどね。
「違う違う、体のことを思ったんだよ。そういえば久しぶりに会ってみれば随分と体調がよさそうだな。そういうことなら、どうだ? これから」
おじさんの手つきから察するに飲みに行きたいらしい。
でもその格好のままではさすがに無理があるし、現場の処理をしたり報告書だって上げなきゃいけないんじゃないのかな?
「それなら当番日の奴らに引き継いできたよ。信憑性のない情報だからって非番で残業してた俺を駆り出しやがって」
合流場所を告げて、「着替えてくるから待ってろ」と言い残しおじさんは屯所へと戻って行った。
急なことではあったけど、おじさんとゆっくり話すのも久しぶりだし、タダ飯にありつけそうだしで悪くはないかもしれないな。
◇
歓楽街の中にあるのに、その雰囲気とはかけ離れていると言えるくらいに寂れた酒場。
ここがおじさんの行きつけらしい。
本人曰く、こういう所で周りを気にせず飲む酒こそが本当に美味いとのこと。
そうは言われても俺は酒よりもジュースや甘くしたコーヒーの方が好きなんだけど。
お互いにジョッキを合わせてから、一気に半分以上は飲んだおじさんがドンッとカウンターに勢いよくジョッキを置くと、次に口にするであろう言葉を俺は既に頭の中に浮かべていた。
「やっぱりこの季節に飲む酒はうめぇなぁ!!」
予想通りだ。このセリフはおじさんと一緒に暮らしていた時には一年中聞いていたからな。
それからは近況の報告や他愛のない話なんかをしたが、おじさんは結構なペースで酒が進み、早くも顔を赤くしてるものだから軽く注意を促した。
「明日は休日だからいいんだよ。最近は屯所内も面倒くせぇことになってるから飲んでスッキリしてぇしな」
「面倒なことって?」
「最近頻繁に出没する例の仮面の奴だよ」
興味本位で軽く聞いただけだったが椅子から転げ落ちそうになるくらい驚いた。
「え!? それで……その仮面の男がどうしたの?」
「男? あいつ男なのか? お前よく分かるな」
まだ少し揺らいでいる心を落ち着かせる為に飲んだ酒が変なところに入って、今度はむせ返ってしまう。
「おいおい、大丈夫かよ? やっぱりアルコールは体に堪えるか?」
「な、なんでもないよ。まぁ……男かっていうのは俺の勝手なイメージなわけで、おじさんの言う通りどっちかは分からないよね……あ! そんなことより、面倒なことって何なの?」
これ以上取り繕おうすれば、焦って墓穴を掘ってしまう気がするから話題を戻してみる。
するとおじさんはジョッキに残っていた酒を飲み干して語り始めた。
「実はそいつの措置について上の意見が割れててな。団長はしばらく様子を見ろって言ってんだが、副団長は勝手な自警行為は認められないから捕縛せよって主張してんだよ」
その副団長のような意見が出るんじゃないかということは予想していた。
だからこれまで活動する時には鉄皇団との接触を可能な限り避けてきたんだ。
「副団長に心酔してる奴らの数も相当なもんだからな。今の鉄皇団はまさに二分してるってところだ。まぁ、俺にとってはどうでもいいんだけど。ただ屯所内が息苦しいったらありゃしねぇ」
新しく注文した酒を一口飲んでからおじさんは一度息を吐いたが、それはため息だったのかもしれない。
「やめだ! もう仕事の話はやめにしよう! せっかく初めてお前と飲みに来たってのに余計なことを思い出しちまう!」
そう言われれば飲食店には何度も連れて行ってもらったことがあるけど酒場は初めてだったな。
「俺は酒を飲むようになってからずっと、自分に息子ができたら男同志で酒を酌み交わしたいって夢があってな。でも、ほら……うちはカミさんがアリサを産んですぐ逝っちまっただろ。だからもうそんな機会もないのかなって思ってたんだけどよ……」
おじさんはジョッキを片手にこちらを向き満面の笑みを浮かべた。
「それが今日ようやく叶ったような気がすんだよな」
それを聞いて俺の顔は綻んだ。
家族がいなくなって、一人ぼっちになってしまうところを優しく迎え入れてくれたおじさん。
性格は父さんとは正反対のはずなのに、俺のことを大事にしてくれる気持ちは全く同じだった。
いつしか本当の家族のように思っていたけど、向こうも同じだったということが分かって凄く嬉しかったんだ。
「あとはお前が戸籍上でも息子になってくれれば文句ねぇんだけど」
ちょうど酒を口に含んだところでそんなことを言うもんだから、またもむせて咳き込むが、今度はその理由が分かっていておじさんはニヤニヤしていた。
「とは言え俺はアリサ自身が決めた男なら誰だっていいんだけどな。ファリスよぉ、自分の気持ちを正直に伝えねぇと後悔するぞ」
カッと体が熱くなってきたのは酒のせいじゃない。
今の俺はこれくらいのアルコールで酔うことはないんだから。
「お、おじさん……知ってたの? いつから?」
「お前がガキの頃からだよ。てか、一緒に暮らしてて気付かない方がどうかしてるってもんだぜ。我が娘ながら呆れるほど鈍感っつーか」
誰に似たのかとおじさんは苦笑しているが、この人ではないことは明らかだろう。
「今のところライバルは二人いるみたいだし、さっさと勝負をかけねぇと手遅れになるぞ」
え? 二人って?
おじさんがエミリオのことを知っているとしても、あと一人いるってことなのか?
「一人は少し前に言い寄ってきた男がいるみたいだし、もう一人は……最近すっかりご執心の仮面の王子様だよ。家に帰ってきてはボーッとしてため息つきながら、うわ言のように呟いてるぜ。一度リリィちゃんの教会で祓ってもらった方がいいんじゃないかってくらいに」
やっぱりおじさんにはもう少し感度を落としてもらった方がいいみたいだな。
半分は自業自得とはいえ父親にここまで身の回りのことを知られているなんて、そんな娘が不憫で仕方ない。
それにしても、アリサが……ねぇ。
聞いた時は少し嬉しい気もしたけど、それは絶対に人に知られてはいけない俺の秘密なんだ。
なんだか状況が複雑になりそうな気がしてきたな。
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