第9話 惨劇の幕開け
四人で見て回る創生祭。やはりエミリオの言葉を聞かなかった方がよかったかな。
アリサの様子をそれとなく伺う度に目が合ってしまう。あれはきっと「気を使って早くどこかへ行きなさい」っていうサインなのかもしれない。
会話がないわけではなかったが、どことなくぎこちない空気のまま歩いていると、リリィがアクセサリーを扱っている露店に興味を示しアリサがそれに続いて行った。
なんだか気疲れしてしまった俺は備え付けのベンチに座って一息つく。
すると、どこかへ行っていたエミリオが樽ジョッキを両手に持って戻ってきて、その一つを俺の前に差し出した。
「隣いいかな?」
受け取りながら頷くと、隣に腰掛けたエミリオ。
横目で様子を伺うと戦いの中でついたのだろうか、首筋に大きな傷が一つあることに気付いた。
一度お互いのジョッキを合わせてからエミリオがグイッと大きく一口飲むのを見て、正直に言うと酒は苦手なんだけど、ただの対抗心だけで思いっきり口に含んでみた。
「アリサのことなんだけど……」
その瞬間に切り出されて俺はむせかえってしまう。
「たぶん君は勘違いをしてると思う」
なんのことだ? 勘違い? だって返事をするとあの時アリサから確かに聞いたのに。
「返事はもらったさ。だけど君が思っているようなものじゃなかった。アリサの言葉は『もっと友人としての時間を築きましょう』だったよ」
完全に予想外だった。
同性の俺から見ても整っていると思うくらいの容姿、文句のつけようのない家柄、今だからこそ分かるが部隊長を任される実力だって本物だろう。
一体どこに承諾しない理由があるのか分からない。
「そうだね」
自分で言う? もしかしてこういうところなのか……
「冗談だよ。でも共に楽しい時間を過ごせたし、好感触を得られていたという確信はあるんだ。僕が想いを告げる前からも、その後も」
エミリオの顔を見ればそれが本当のことだということは容易に分かった。もっともそんなことで嘘を言っても仕方がないんだけど。
「ただアリサの心の中には僕の気持ちを受け入れ難くする何かがあるんだ」
ずっと伏し目がちに喋っていたエミリオは顔を上げると、こちらを向いて微笑んだ。
「ファリス、君は……アリサのことが好きかい?」
核心をついた突然の質問に俺はエミリオの顔を見たまま絶句してしまった。
どうしてついさっき出会ったばかりの男に俺の一番繊細な部分を晒さなきゃいけないんだ。
こいつにはデリカシーというものがないのか? お坊っちゃんってのは何でも手に入る分どこか常識がぶっ飛んでいるものなんだろうか……
しかしそんなことを思ったのはほんの一時のことだった。
「はぐらかさずに君の言葉で聞かせてほしい。決して他言はしないと誓うから」
その真剣な眼差しはただの口約束でさえ信じることが出来るくらいの凄みがあった。
それに今、これくらいのことで引いてしまったらもう一生このままでしかいられないような気がしてならなかった。
「あぁ、好きだよ! 俺もアリサのことが好きだ! それも昨日今日の話じゃないさ。子供の頃からずっとこの想いは変わらない」
最後の一言はさり気に自分の唯一の優位性を主張したものであったが、それを含めこれこそがエミリオの期待していた答えのようだった。
「そうか! よかった。これで僕と君はいい友人になることができそうだ」
全く意味が分からなかった。
俺はてっきり一つ二つ憎まれ口を叩かれた後に宣戦布告くらいされるのかと思っていたのに。
なんというか、話をしていると俺とは違う意味でコミュニケーション能力が心配になってくる。
「きっと僕たちは永遠に交わることはないだろう。だからこそお互いの信念を主張して全力でぶつけ合う。そういう友情を築いていけると思うんだ」
なるほど、観念やそこから来る物言いが少々変わっているだけでエミリオは初めから俺に果たし状を叩きつけていたのか。
「なんて息巻いておきながら、アリサが僕ら以外の男性になびいたらとてつもなく格好悪いけどね」
空を見上げながら声高らかに笑うエミリオを見ながら俺は思った。
こいつは俺とは真逆の人間なんだと。
馬鹿にみたいに正直で素直なところとか。
俺がエミリオとアリサの関係を誤解していると分かっているなら気付かれるギリギリまで黙っておけばよかったのに。
これから競合う相手に騙し討ちのようなことはしたくないとでも思ってるんだろうか? だとしたら凡そ軍人とは思えないほど甘いやつだ。
それに自分の力を信じて疑わないところもそうだ。
だけどその自信は自惚れでも生まれ育った環境によって与えられたものでもない。
これまで生きてきた中で自分の力によって積み上げていき、精錬して強固にした決して揺るがないものなのだろう。
エミリオには俺が持っていないもの、俺がずっと知りたかったものの多くを持っているような気がした。
だからこそ負けたくないという思いと共に、別の感情を抱いた俺は返事をする代わりとして、さっきよりも強い力で再びエミリオとジョッキを合わせた。
◇
アリサたちが戻ってきてから一通りの店を回った俺たちが中央広場へと戻ってくると、メインステージではちょうど催し物が行われているところだった。
少し驚いたのはそのステージの上に立っていたのがついさっき俺の前に現れたあの道化師だということだ。
大道芸や手品を披露していたが、時に失敗をしておどけて見せたりと来場者を大いに楽しませていた。
やがて道化師がステージの下へ降りて貴賓席へ近付くと、この街の市長である初老の男性に傍に立つ。
警備に当たっていた鉄皇団の団員二名が間に割って入ろうとするのを市長は制して、道化師に従ってステージ上へ連れられていった。
この市長は毎年みんなを楽しませるために何かしらのパフォーマンスを自ら行うのだが、今回は手品のアシスタントをするのだろう。
これを見る限りだと市長とは打ち合わせ済みのようだし、あの道化師に関しては俺の思い過ごしだったようだな。
顔を残して体全体を覆うような木箱へと入れられる市長。どうやらこれから串刺しマジックをするのか。
片手に持った剣を掲げステージを端から端まで移動して客を煽ると、市長が入った木箱の横へ戻りそっと剣先を宛てがい……
勢いよく突き刺した。
そして市長は絶叫した。まさに断末魔の叫びだった。
構わず道化師は二本目を刺すが、今度は声が発せられることはなく、やがて市長は痙攣を起こした後に首をもたげ動かなくなる。
それを観ていた者たちは皆一様に笑っていた。「市長、演技が大袈裟すぎ」なんて言いながら。
いや、本当はそのほとんどが異変に気付き始めていたのかもしれない。
それでも楽しい時間の中で必死に認めないようにしていたのか。
これは決して惨事なんかじゃないと。
しかし何本目かの剣を刺し終えた後、道化師は木箱の前蓋を開けることによってその場にいた全ての者に現実を突きつけた。
中の市長の体には全ての剣が貫通しており、値が張っていそうな真っ白な生地の衣服は、初めからそんな色だったのではと見間違うほどに赤黒く染まっていた。
会場全体が不気味な静寂に包まれる中、道化師はショーの終わりを告げるように丁寧なお辞儀をする。
そのまま前屈みになると仮面の下からは静かな笑いが漏れてきて、すぐにそれは体をのけぞらせるほどの大きな笑い声へと変わっていった。
そして自ら高らかに宣言をする。
「開幕のベルは鳴った」と――
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