第3話 力の片鱗
次に俺が意識を取り戻した時、初めに目に入ってきたのは光眩く、どことなく神々しい印象を与えられる天井であった。
ここは天国なのか? だとすれば俺は生前の行いを神様に認めてもらえたようだ。
しかし天国というにはどこか見覚えがあるような気がするんだが。
「よ、よかった! 目を覚ましたのね!」
「ファリス! 私が分かりますか!?」
声がする方向に顔を向けると、まだぼやける視界に二人の人物が映った。
「リリィ……と、アリサ?」
俺は礼拝堂の長椅子に横たわっていて、その傍らには泣きそうな顔で手を握るアリサと、もうこれでもかと言うくらいグシャグシャに泣いてるリリィがいた。
「ここ教会だよな?……俺、どうなったんだ?」
「教会に雷が落ちて、それに巻き込まれたんですよ。それから衝撃で屋根から落ちて……」
リリィの説明で自分の身に何が起きたのかは大体理解できた。
俺が見た凄まじい光と体を襲った衝撃は落雷によるものだったのか。
「私が……私が……屋根の修理なんかお願いするから……私が悪いんですぅ!!」
少し冷静になってきたと思ったリリィは喋っている間に感情が高ぶったのか、また声を上げて泣き出してしまった。
「いや、半ば強引に申し出たのは俺なんだから。自業自得ってやつさ」
しかしリリィはともかく、なんでアリサがこんな所に?
「あの後なんだか胸騒ぎがして様子を見に来たのよ。そしたらあの雨の中でリリィが座り込んでるからびっくりしちゃって」
そう言われて見てみるとリリィの修道服は乾いてはいたが、裾の辺りにはまだ泥と芝が付着していた。
「気が動転しててどうしたらいいか分からなかったんですけど、とにかく治癒魔法で傷を治そうと思って」
魔力にはいろいろな性質があって適性は個人によって違うが、リリィはその中でも治癒型の魔術に秀でていた。
「それで応急処置が終わってから二人で教会の中に運び込んだってわけ」
そうか……リリィは命の恩人だな。
もしかしたら彼女がいなければこうして目を覚ますことは二度となかったかもしれない。
「それにしてもアリサ、あの嵐の中を出歩いてまでここに来たのか?」
「だ、だって仕方ないでしょ! あのままだと気になって一睡もできそうになかったんだし! そう、自分の美容の為よ、自分の!」
誰が聞いても分かるような嘘で慌ててごまかすが、それがアリサの優しさだというのは分かっている。
だからこそ昨日思わず口をついて出た言葉に罪悪感を覚えてしまった。
「アリサ、ごめん……」
「え? そこは『ありがとう』じゃないの?」
どうやら本人は何のことだかまるで理解してないようだが、結局は俺の自己満足なんだからそれでもいい。
「だいぶ落ち着いてきたようですね。思っていたより気分もよさそうですし」
正直リリィが一番取り乱していたと思うが、迷惑をかけた当事者としてはそんなことは口が裂けても言えなかった。
「あぁ、目を覚ました時はここが天国だと思ったから、最初からそれほど悪くもなかったけど」
「ふふ、そう思われたのなら教会としては冥利に尽きますね」
「でもよく考えたらそれはないか。天国だったら天使と悪魔が同時に存在するわけないし」
「あら、どっちがどっちか詳しく聞かせてもらいましょうか」
そう言ってアリサは握っていた手に力を込めると本気で骨が軋むような音がした。
「冗談っ! いつもの冗談だって! アリサさんは女神様だから! 」
そんなやり取りを見てたリリィがクスッと笑いを漏らすと、それに釣られたように俺もアリサも大笑いした。
俺が落雷に巻き込まれるという事故にあった為にこうして久しぶりに三人が同時に顔を合わせることになり、一時でもまるで子供の頃に戻ったような気になれたのは何だか不思議な感じだ。
「それくらい元気なら大丈夫だと思いますけど、一応ちゃんとした治癒師さんに診てもらってくださいね」
治癒魔法が使えると言ってもリリィは本職ではないからな。
確かに体に異常が感じられるようなら一度専門家に調べてもらった方がいいかもしれない。
「だったら私がひとまず家まで送っていくわ。リリィだって疲れてるでしょう?」
「お願いします、アリサ。私は少しだけ休ませてもらいますね」
これまでずっと泣いてばかりだったからあまり目立たなかったが、リリィの顔は憔悴しきっていた。
一晩寝ずに魔力を使い続けていたんだから披露も相当な筈なのに、それでも笑顔を絶やさないようにしてるんだから本当に頭が上がらない。
このお返しは近いうちに必ず果たさなければいけないな。
◇
「雷をくらって生還するなんて本当ならこれ以上ない話のネタなんだけど、近しい人のことになるとどうも気が引けるわね」
「別に誰かに言うのはいいけど、恥ずかしいから名前は伏せてくれよ」
「もしかしたら街中の有名人になれるかもしれないわよ」
そう言ってアリサは悪戯っぽく笑った。
そんなアリサとの他愛もない会話で気を紛らわせようとしていたが、実は外に出てからずっと気になって仕方がないことがあった。
何だか今日は街中がやけに騒がしいな。
いや、賑やかというよりもそれを通り越して耳障りなくらいだ。
「今日は随分と街が賑やかじゃないか?」
俺の言葉でアリサは辺りを見渡すがその後、首を傾げる。
「別にそんなことないと思うけど。人通りだっていつもと変わらないし」
特に大きな通りではないから人もまばらだし単なる思い過ごしなのか、それとも体調がまだ万全ではなくて神経質になっているのか。
そう結論付けようと思った瞬間だった。
頭の中に衝撃が走ったような感覚に見舞われると俺は咄嗟に隣にいたアリサを抱き寄せていた。
「な、な、何すん――」
混乱しているアリサが言い終わるのを待たずにその背中から何やら重たい音が響く。
驚いてすぐ様その方向に目を向けると、さっきまでアリサが立っていた場所には人の頭ほどの大きさの石材が。
「悪い! 大丈夫か兄ちゃん達!」
周りも騒然としている中で俺達に向けられた声は、建物の外部に組まれた足場の上で修復作業をしていたドワーフの職人からのものだった。
「うっかり手ぇ滑らしちまってよ。俺が言うのもなんだけど運が良かったな」
運が良かった――言われれば確かにそれ以外に説明のしようがない。
だけど一人だけそう感じてはいない者がいるようだ。
「助けてくれたのね。あ、ありがとう……」
興奮状態が収まらないのか、アリサの呼吸はまだ少し荒かった。
助けた……俺が?
だったらどうして石材が落ちてくることが分かったんだ?
もしかして直前に感じた得体の知れない衝撃が関係するのか。
あれがきっかけとなって俺の体は意志とは関係なく勝手に動いていたようにも思える。
「あの、えっと……もう大丈夫だから」
考えに耽っていた俺はアリサの声で我に返ると、自分がまだ背に手を回しながらしっかりと抱いていることに気付いた。
しかも顔がかなり近いところに。
「ご、ごめん! 考え事してて」
慌てて離れるも自分の顔がどんどん熱くなっていくのが分かる。
顔を背けていて見えないが、アリサの方はどんな表情をしているのだろう。
もしかして怒らせてしまったかな。
そんな懸念もあったけど、自分の体に一体何が起こっているのか――今はそれがどうしても頭から離れなかった。
◇
別に怒ってるわけではないみたいだけど、その後はどことなく口数が少なくなったアリサとは、現在一人暮らしをしている借家の前で別れた。
俺の病気が発覚してからはウィルおじさん……アリサのお父さんからはまた一緒に暮らそうとは言われていたが、これ以上は迷惑をかけたくないという思いでそれとなく断っていた。
そもそもおじさんは父と同期で鉄皇団に入ったが、なぜか出世する意欲が全く見られず、他の者に手柄を譲っては昇進を断っていたせいで稼ぎも多くないはずだし。
せっかくここまで来たんだから付き添ってくれたお礼でもしようかと思ったがアリサはすぐに仕事に向かうとのことだった。
自身の異変を感じた俺は家には入らずにその足で答えを導いてくれそうな人物を訪ねることにした。
しかしその道中、考え事に気を取られていると、背後から迫って来た二人の人物に両脇を抑えられ、突然のことに状況が掴めないまま強引に路地裏へと連れられた。
そしてその先に待ち構えていたのは、昨日も街中で顔を合わせたあの男であった。
「よぉ、昨日は随分と恥をかかせてくれたな」
店の裏口の脇に積まれている木箱に座るデリック、その周りには学生時代からの取り巻きが四人控えている。
デリックが何に苛立っているかは分かっていた。
こいつは昔から俺に対してよく強引に理由を作っては難癖をつけてくるような奴だったからな。
「元はと言えばお前が絡んできたからだろう。つまらないことしてないでさっさと仕事に戻れよ」
もちろん絶対にやることはないが、ここで俺が泣きながら地面に頭を擦り付けたところでデリックの気が済むことはないだろう。
「団長からの評価を落とされて昨日からずっとむしゃくしゃしてんだ! すっきりした気分で仕事する為にここへ呼んだんだよ!」
「今ここで俺を殴ったら同じことじゃないか」
「お前は間抜けにも歩いている途中で石につまずいて壁にぶつかるんだ! それを見た証人がここに四人もいんだろ!」
木箱から立ち上がったデリックはいつもの如く殴りかかってきたが、今見ている光景はこれまでのものとは全く違っていた。
俺の顔に迫ってくるデリックの拳のスピードが明らかに遅く、そして自分がそれを認識する前に体が勝手に横を向く。
勢いそのままに空振りをしたデリックは前のめりに転倒しそうになるが、右足を踏み込むことによってそれを堪えるとこちらへ向き直った。
デリックは驚きからしばらく硬直した後、再び拳を振り上げながら攻撃を仕掛けてくるが、それも体を翻してかわす。
それから何度やっても結果は変わることがなく、顔に焦りと疲れが見え始めたデリックの拳を俺は左の掌で受け止めると、無意識に力を込めていた。
するとなぜかデリックは苦悶の表情を浮かべるので、それに驚き少し勢いをつけて前に押し出しながら離してやると、彼の体は大袈裟なくらい宙を舞ったのだった。
建物の壁に背を打ちつけてから呻き声を上げて地面に伏すデリック。
自分でも何が起こっているのか理解できず、唖然として立ち尽くしている取り巻き達に答えを求めるように視線を向けてみる。
しかし当然ながら返ってくる言葉はなく、それどころか俺と目が合った者から順番にこの場から一目散に逃げ出す始末だ。
再びデリックの方を見てみると、体を打った衝撃で呼吸がままならないようだ。
上体を起こすのもようやくといった感じだったので、さすがに心配になって駆け寄り手を差し伸べた。
「デリック、大丈夫か?」
良かれと思ってやった行為が逆に屈辱を与えてしまったようで、デリックは俺の手を払い除けると無理を押して自分一人で立ち上がる。
「お前……一体何なんだよ」
体を引きずるように横を通り過ぎて、表通りまで歩いていくデリックは俺の背中に向けてそんな言葉を放った。
一体何かって? そんなの自分が一番知りたいことだ。
そう返してやろうと振り向くと、そこにはデリックの代わりにフードを深く被ったローブ姿の人物が、薬草のたくさん詰まった麻袋を抱えて立っていた。
「おや、街に出てきたついでに面白いものが見られると思ったんだが、もう終わってしまったのか?」
顔は見えないが俺はその声を主をよく知っていた。
「メルリエル?」
フードを脱ぎ、姿を露わにしたのは空色の髪を腰まで伸ばした、金糸雀色の瞳のエルフ族の女性だった。
昔から父と親交があり、まさに俺がこれから頼ろうと思っていた人物である。
「どうした? いつも以上に間の抜けた顔なんかして」
「ちょうどメルリエルに相談したいことがあったんだけど、こうも都合よく現れるから」
「ほう、相談事ね……今回は一体どんなことを?」
会話をしながら袋の中の葉を一枚手に取ると、メルリエルは茎の部分を持ってくるくると回す。
「もしかしたらだけど……俺、魔力が目覚めたのかも」
虚空を見つめたまま匂いを嗅ぐように鼻先に葉を近づけると、メルリエルは「ふむ……」と一言呟いた。
「少々興味深い話ではあるな。とにかく詳しい話は家に帰ってからにしようじゃないか」
きっとこの人なら自分の身に起こっていることを解き明かしてくれるという希望を持って、俺は踵を返し歩き始めたメルリエルの背を追いかけた。
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