第34話 優しい光、です
「あ、しえらやっと来たーっ」
「あっ……な、奈緒ちゃん。ごめんね、お待たせ」
奈緒ちゃんとスピカちゃんとポーラちゃんの三人は、昇降口で待っててくれたみたいです。
「シエラタンシエラタン、助けてなノ! ナオタンとスピカタンがバチバチケンカ中なノ!」
「え、ええっ!?」
とてもそんな風には見えません。
「にはは、ケンカじゃないってば。何でレグさんにギター教わっちゃダメなのって言い合ってただけーっ」
「あ、な、なんだ……よかった」
とはいえ、スピカちゃんは唇を尖らせたまま不機嫌そうです。
「ライバルの施しは受けないとかって意地? ポーラだってランさんにドラム教わってるのにさぁ」
「それはさっき違うって言ったじゃない。ポーラはまだ始めたばかりだから、自分のスタイルが決まっていないだけ。奈緒のサポートに長けたスタイルはあの人とは根本的に違うんだから、アレに染められるなんて御免だわ」
「それってスピカが決めることじゃなくない? 元々アタシはレグさんみたいなギタリスト目指してギター始めたのに」
「ならどうしてあんなに方向性が違うのよ。あの人の前に出たがるタイプのプレイスタイルは、どちらかといえば奈緒より私寄りのものよ」
「はわわ……やっぱりバチバチなノ」
「ふ、二人とも、落ち着いてっ」
間に入って宥めつつ、昇降口で言い合っていると人が集まってきそうなので、歩きながら話すよう提案しました。
「……スピカはさ。プラニスの天文台ライブ、どれくらい前から来たことある?」
「初めて観たのは去年の夏。それからは欠かさず毎月観に行ってたわ」
自転車を挟んで並ぶ奈緒ちゃんとスピカちゃんのやり取りを、私とポーラちゃんは後ろからドキドキしつつ見守ります。
「じゃ、
「えっ? 一昨年って……まだプラニスフィアは結成していないはずよ。レイ先輩がベースを始めたのが去年、高校に入学してからだし」
そういえば、昨日の星見の時間にことり先輩がそんな話をしていた気がします。
「うん、プラニスはね」
「……どういうこと?」
「まだプラニスができる前、一昨年の冬にね。一度だけ、バンドでの天文台ライブがあったんだ。……そっか、スピカでさえ知らないくらい、前のことなんだなぁ」
なんだか寂しそうに呟いて、奈緒ちゃんは紫色の夕空を見上げました。
「アタシはメンバーの名前も知らないんだけど。そのバンドは、『
夕空からスピカちゃんへと視線を戻して、奈緒ちゃんはにゃふっと微笑みました。
「ちょーどスピカみたいな、ギターも歌も超絶上手い『一番星』な人がギタボの、四人組バンド」
その言葉に、スピカちゃんの眉がぴくりと動きます。
プラニスをライバル視していたスピカちゃんにとって、そんなスゴイ人の存在はもしかして初耳だったんじゃ……?
「……あの宍戸獅星が、ギタボじゃなくて、リードやってたってこと……?」
違うところが気になったみたいです。
「にはは、やっぱそういう反応になるよね。今のプラニスのレグさんからじゃ考えにくいもん」
……いまいち話は掴めませんけど……もしかして。
「あ、あの。それじゃ、奈緒ちゃんは……奈緒ちゃんの憧れたレグ先輩は、その時のレグ先輩ってこと?」
「おっ、しえら、大正解~!」
「すごいノ! やっぱりシエラタンはメータンテーなノ!」
「め、名探偵はやめて……」
どんどん変な肩書きが定着していきます。
「……ム? でもどうしてナオタン、そのイチバンボシタンじゃなくてブチョータンにあこがれたノ?」
あ、それは私も気になる……。
「えー、どうしてかぁ。どうしてだろ? 確かにあのバンドで一番目立ってたのって、そのギタボの人だったし、周りのみんなもその人ばっかり見てたハズなんだけどね。レグさんだって十分上手くて華もあるはずなのに、その人の隣だと霞んで見えたくらい」
とても信じられません。レグさんは、誰よりもチャラくて誰よりも目立って、何もかもを照らし尽くしちゃう太陽みたいな人なのに。
「でも、名脇役、とか言ったら悪く聞こえるかもだけど。他の光とケンカしない、優しくて安心する光ってカンジなのかな……そんな姿が、なんてゆーか、めっちゃカッコいいなって……う、うにゃーっ、一目惚れの理由細かく説明すんの超ハズいんですけどーっ!?」
「顔まっかなノ。ナオタンかわいいノ」
「うぎゅぎゅぎゅ~っ……さ、さんきゅ、ポーラぁ」
珍妙な呻き声をあげる奈緒ちゃんも、新鮮でかわいいです。
「……はぁ。なるほどね」
ずっと黙って話を聞いていたスピカちゃんが、納得したみたいに溜め息をつきます。
「つまり奈緒の気遣い上手なプレイスタイルは、その頃の宍戸獅星譲りってわけね。見たこともない私には想像つかないけど」
「そんなことないと思うけどなぁ。今のレグさんだって、『星が主役』のスタイルはあの頃と何も変わってないよ」
ずっと同じ星を見てた奈緒ちゃんが言うからこそ、説得力のある言葉です。
「で! だからこそアタシは、スピカだけじゃなくてレグさんにもギター教わりたいってコト!」
「……随分長い前置きになったわね」
そういえば事の発端はそんな話でした。
「もちろんスピカのしてきた努力は何から何まで盗んでやるつもりだけどさ。それプラス、アタシの原点。レグさんの優しいギターもモノにしたい。そしたらプラスアルファなんだから、スピカのこと追い越せるっしょ?」
「あら、自分から名脇役に徹するようじゃ、結局あなたは二番星よ?」
「言うじゃん。にへへ……」
「そっちこそ。ふふふ……」
不敵に笑い合い、ニラミ合う二人。
ポーラちゃんの言う通りバチバチだけど、きっとケンカなんかじゃありません。
本気……って、やっぱりすごいんだな。
「やっぱり奈緒の向上心は心地良くて心強いわ。あとはあなたくらいのガッツを持った残りのメンバーを見つければ……バンドとして動き出せそうかしら」
どくん。
その一言に、心臓が大きく跳ねるのを感じました。
「ムゥ、ドラムはポーラがヨヤクしてるノ~!」
「ポーラには今朝楽譜を渡したでしょ。来週の音楽室の日までにあれを叩けるようになってきて。話はそれから」
「うへぇー……ねえスピカ、今朝も言ったけどスパルタ過ぎない? ポーラはまだドラム初めて一週間も経ってないのにあんな曲……」
「できなかったら加入を認めないとか、そんな話じゃないわ。あれくらいこなしてくれないと私や奈緒と一緒にやるのは苦労するって指標よ。私も奈緒も本気でやっていく以上、初心者に足並みを合わせるつもりはないから」
「それでもせめて、目標を今月じゃなくてその次の天文台ライブにするとかさ……」
「妥協はしたくないの。時間だって無限じゃ……」
三人の話し声が、だんだん遠くなっていくのを感じます。
「……あれ、しえら? どしたの、立ち止まって」
奈緒ちゃんの声で、ようやく気づきました。話し声が遠ざかってたのは、私が足を止めてたからだってことに。
「そうだ、しえら。あなた、今日ずっとレイ先輩の所にいたわよね」
どくん。どくん。
さっきと同じ、胸のざわつき。
隆子さんがスピカちゃん達とステージに立つ姿を想像した時と同じ。
「体験に来た人の中に、有望そうな人はいた?」
「……え……?」
今日、ベースの体験に来たのは、隆子さん一人だけです。
でもその隆子さんは、スピカちゃんのバンドに入りたいって、伝えてないの……?
「えっ、と。……ご、ごめんね。わからない、や」
嘘。
どうしてそんな嘘をつくの?
音楽経験も、一番になりたい向上心もある隆子さんが、有望だよって言えばいい。
それとも誰か他に、適任でもいるって言うの?
ねえ、まさか、ありえない夢を見てなんかいないよね?
「……。あのさ、しえら」
奈緒ちゃんが次に何を言うのか、私はわかってしまいました。
「しえらは、ベースやってみたい?」
その言葉に、作り笑いでうん、と答えたら。
私は、奈緒ちゃんと、スピカちゃんと、ポーラちゃんと……一緒にステージの上に立てるのでしょうか?
「できないよ」
無理に、決まってる。
だって私は、違うんだから。
ああ、どんな酷い顔をしているんでしょう、私。
作り笑いで誤魔化すことだって、できたはずなのに。
みんなの『本気』に嘘がつけなくて。
何もかもを拒絶するようなどす黒い言葉が、嘔吐のように喉の奥から溢れ出すのを……止めようとすら、思えなかった。
「私には、無理だよ」
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