第31話 大切な星の見つけかた、です
「え……ええっ……? わ、わ、何これ、なんで……?」
つられて見上げた奈緒ちゃんの驚きと感動が、私にまで伝わってきます。
「暗闇に、目が慣れたんだよ、奈緒ちゃん」
「し、しえら……」
見上げた拍子にへたりこんだままの奈緒ちゃんを立たせながら、私はさっき言いかけたことを教えました。
屋上に出て真っ先に見上げた星空は、いわば仮の姿。
明かりの無い空間に数分もいると、人間の目は暗さに慣れて……それまで見つけられなかった小さな光も捉えられるようになるんです。
さっき部長先輩がスマホじゃなく肉眼で空を見るよう言っていたのも、そういうことです。明かりを消して、暗闇にほんの数分だけ身を委ねれば、本当の「満天の星空」が見えるようになるから。
そして、奈緒ちゃんにとっては、きっと……。
「すっ……ごい。あの夜と、おんなじだあ……」
真っ暗闇の中、私を探して走ってくれたあの天文台ライブの夜と……同じ光が、見えているはずです。
不思議な気持ち。
周りにたくさんの人がいて、みんなが思い思いの星をなぞって……見えている光は、見ようとする光は、ひとりひとり違うはずなのに。
どうしてか今、私と奈緒ちゃんは、全く同じ星を見つめている気がしました。
あの日、一緒に見つけた……、
『王様の星、レグルス』
同時に呟いて。
心が躍るのを感じました。
「ねぇ、しえら」
「なあに、奈緒ちゃん」
「なんだろ。なんて言ったら、いいのかな……にはは」
「えへへ……うん。私も、なんて言えばいいのか。けど、とりあえず……」
「にふふっ。とりあえず」
『今日、晴れてよかった』
また同時に口にして、今度は同時に笑っちゃいました。
見ていた星だけじゃなくて、考えてることまで一緒だったのが、笑っちゃうくらいに嬉しい。
「わっ」
「あ……っ」
空を見上げたままバランスを崩したスピカちゃんが、私と奈緒ちゃんのちょうど真ん中にすとんと寄り掛かりました。
「ご、ごめ、しえら……」
「ううん、大丈夫だよ。ふふっ」
スピカちゃんも、満天の星に圧倒されちゃったのかな。だとしたら、嬉しいな。
「……ね、スピカちゃん」
「え? 何……ぁ」
私に背中を預けたままのスピカちゃんの手を取って、指差しの形にそっと握って、そのまま空へ向けました。
「へぁ……!? ちょ、ちょっとしえら……っ!?」
なるべく同じ景色が見えるように、できるだけ顔を近づけて。
「わかる? あの七つ並んだ柄杓のかたちの星が、北斗七星」
耳元で大きな声を出したら驚いちゃうから、囁くくらいの声量で。
「柄杓の取っ手が、まあるいカーブになってるでしょう? それをそのまま、うんとおっきく伸ばすの。まあるく、ゆるやかに。春の夜空の、滑り台」
声に出した通りの曲線をなぞって、ゆっくりとスピカちゃんの指を動かします。
「まっすぐだと、スピードが出て危ないし。まる過ぎても、途中で止まっちゃう。だからおっきく、まあるく、ゆるやかに……そうしたら、そこにひとつ、明るい星が見えるかな」
「えっ、えっ……あ、の、その……あ、あれかしら……?」
「それが、うしかい座のアークトゥルス」
「あ、あーく……と、いうか、しえら、ち、近……っ」
「このまま、もっとカーブを伸ばすね……?」
いったん止めた手を、もう一度おなじカーブに沿って、ゆっくりと動かします。
その間は、二人とも無言。息をするのも忘れるくらいに、指先に集中して。
とくん。とくん。
これは私の鼓動? スピカちゃんの鼓動? それとも、重なった二人の心臓が、同時に脈打っているのかな。
「……ほら」
指を、止めて。
滑り台から降りて、一歩踏み出した先で出会った、蒼く、白く……気高く美しく、輝く星に、二人分の視線を重ねました。
「見えるかな。もうひとつ、明るい星」
「あ……」
見えていてほしいな。
私と奈緒ちゃんがそうだったように。
私とあなたの見ている光が、同じであってほしい。
「……うん。綺麗……」
ほう、と吐き出す息。
私のは、安堵と喜びで。
スピカちゃんのは、きっと高揚と感動で。
良かった。
私は、きっと恥ずかしくて誰にも見せられないようなくしゃくしゃの笑顔で、とっておきの一言を伝えました。
「あれが、スピカだよ」
「……えっ!?」
驚きのあまり思わずぎゅるんっとこっちを向いたスピカちゃんの顔は。
鼻先が触れ合うくらいの、超至近距離で……っ。
「わひぃぁ!?」
「ふああっ!?」
二人揃ってヘンな叫びを上げて、磁石かバネみたいにびょんっと飛び退きました。
「ご、ご、ごめんねスピカちゃん! わ、私夢中で……」
「い、いえ、しえらが謝ることじゃ……って、ああっ!」
と、ばたばた慌てふためいていたスピカちゃんが、今度は突然ショックを受けた顔になって、がばっと夜空へ振り返りました。
「やだっ、今のでわからなくなっちゃった……!」
どうやら、せっかく見つけたスピカを見失ってしまったみたいです。
「ど、どうしよう……せっかく、しえらが教えてくれたのに……っ」
涙目になりかけたスピカちゃんの頭を、奈緒ちゃんが優しくぽんぽんと撫でてあげました。
「にははっ、大丈夫大丈夫。また見つければいいだけだしっ」
続いて、がら空きの背中にずしんとポーラちゃんが抱きつきます。
「そうなノ! だって星は逃げないノ!」
その言葉にハッとなったスピカちゃんが、もう一度私の方に向き直ります。
私が微笑みを返すと、その綺麗な顔は、星明りに照らされて柔らかく綻びました。
「……うん。そうだったわね。ほんのちょっと、迷子になっちゃってるだけ……それなら私が、見つけてあげなくちゃ……」
「……スピカタンもポエマーなノ?」
「今のはポエマーしえらの受け売りよ」
「ふぇぇ!?」
スピカちゃんまで私をポエマー認定するの!?
「うぅ……どうせポエマーですようだ……」
「ごめんごめん、拗ねないで。ね、もう一度だけ教えてもらえないかしら。スピカの見つけ方」
「それならポーラが教えてあげるノー! あのネ、ヒシャクの先っぽをぐーんって伸ばすノ!」
「え……カーブの方じゃなかったかしら……?」
「ぽ、ポーラちゃんっ、そっちは北極星だよぉ」
「にはは、じゃあアタシはレグルスの見つけ方教えたげる~」
「要らないわ!」
ああ、もう。
顔が緩んで、元に戻りません。
こんなに賑やかな星見は、いつぶりでしょう。
……ううん、きっと初めてかもしれない。
「おーい、うちにも教えてよーっ」
「私もいいでしょうか」
気づけば他の一年生や、先輩方もぞろぞろと集まってきました。
「は、はい。えっと、まず……」
ひとりで見る星も、静かで、穏やかで、全てを許されるような時間だけれど……。
今日の星は、ひとりで見るより、賑やかで、ワクワクして……そう、嬉しい。
きっと、今夜見た星も、私はずっと忘れません。
「ったく、あれだけ次々解説されちまっちゃ、先輩の面目が丸潰れだってーの」
「レグ……どうして涙目なんだい?」
「べ、別に感動なんかしてないんだからねッ!」
「どうしてツンデレなんだい」
ひとしきり呆れてから、ランは宣戦布告した相手そっちのけで盛り上がる後輩たちに目を向け、ふっと微笑んだ。
「羽丸しえら……面白い子だね」
「そうですね」
彼女にとっては意外な人物から同意の声が返る。
「レイも彼女に興味が?」
「何か誤解を招きそうな質問ですけど……俺も、興味深いとは思ってますよ」
そういえば、初日の説明会でもレイは羽丸しえらに絡んでいたとランは思い出す。
普段、他人にそこまで興味を示すことはないレイが、興味深いとまで口にする少女。
「いつもは、そんなに目立つような奴じゃない。発言も消極的だし、存在感が一歩引いている。レグさんやスピカのような『強い光』は感じない」
彼が『強い光』と呼んでいるのは、人を引きつける力だとかカリスマだとか、そういった類の天性の魅力のことだ。かつてその光に惚れこんでバンドに加入したレイ自身がそう語っていた。
そして、ランもまた彼と同じく、そういった特別な輝きを羽丸しえらから強く感じてはいなかった。
「……けど今は、あいつの言葉で、あいつの指先で、皆が同じ星を見ている。あいつを中心に、星座が出来上がっていくみたいに」
「星々の中心か。なら、北極星……あるいは、星座たちの起点、北斗七星といったところかな?」
「……いえ」
たとえ話に首を振り、レイは不敵に笑んでみせた。
「もっと大きなものかもしれません」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます