第30話 宣戦布告、です

「おー、なんか盛り上がってんね?」


 と、その時。別の暗闇から声がしました。部長先輩です。


「しえら、こっちにいたのね。探したわ」

「シエラタン、なんだかとっても楽しそうなノ!」


 続いて、スピカちゃんやポーラちゃんの声もしました。

 部長先輩がふんすっと鼻を鳴らし、人差し指を立てて得意げに解説を始めます。


「今ことりっちが話してたベガは、夏の一等星として有名だよな。ベガ、アルタイル、デネブの夏の大三角。今はまだ春だけど……そうそう春に見れる一等星と言えば、やっぱレグルスなわけだが!」

「一番に名前挙がるほど明るくないですよね、レグルスは」

「んぐっ」


 嬉々としてレグルスについて語り始めようとした部長先輩を、レイ先輩が容赦なく突き刺します。


「全天に二十一ある一等星。レグルスの輝きはその中でも最弱。王様の星だなんて名乗ってはいるが、その序列は実は最下位」

「レイてめぇこのやろう」


 定型文のようにつらつらと語るレイ先輩に、部長先輩が恨みがましい目を向けました。

 ……ただ、レイ先輩の言い分もちょっとわかってしまいます。今の流れは大三角つながりで『春の大三角』について説明すべきタイミングだったと思うので。同じしし座のデネボラを差し置いていきなり登場するのはずるっこです。


「……フっ」


 そんな二人のやり取りを見たスピカちゃんが、可哀想なものを見る目で笑いました。


「ちょおい、鼻で笑ったか今!」

「いえ別に。気のせいじゃないの」

「なんかお前、ずっとオレにだけキツいよね……?」


 不満そうに唇を尖らせる部長先輩。


「嫌われてますね」

「ハッキリ言うなよ! 嫌われてはないっての!」


 しん、と誰も答える者のない沈黙が流れます。


「え、ちょ、嫌われてはないよな!? ないはず! うん! ……うん」


 どんどん自信を無くしてしょぼくれていく部長先輩の姿、いたたまれません。

 かといって、本当にスピカちゃんに嫌われてないと言い切れるわけではないです。心当たりも、その、いきなり頭ぽんぽんしたのとか……。


「あー……そっかー……嫌われちまったかー……寂しいなー……部長として、後輩とは仲良くしたいと思ってたんだけどなー……」


 ついに心がぽっきり折れてしまったようです。


「……あーもうっ! べ、別に嫌いってほどじゃないけど!?」


 そこに痺れを切らしたのはスピカちゃんです。

 たちまちレグ先輩の表情に光が戻りました。


「おお! じゃあ改めてこれから仲良くしようぜ!」

「それはお断りよ」

「何でッ!?」


 何でッ……何でッ……んでッ……でッ……。


 静かなはずの夜に、ひときわ大きな部長先輩のツッコミが響き渡ります。

 溺れかけながら掴んだワラを全力で噛み千切られたような仕打ちです。踏んだり蹴ったりの部長先輩に、スピカちゃんはあくまで淡々と言葉をかけます。


「あなたのことが好きとか嫌いとかは別にして、そもそも私はあなたと馴れ合う気はないというだけよ」

「だ、だから何でだよ……? いいじゃん、馴れ合おうぜ……」


 しょぼくれる部長先輩からぷいっと目を逸らしたスピカちゃん。ちょうどその視線の先に、はらはらと二人のやり取りを見守っていた奈緒ちゃんがいました。


「何で、か……そうね。全員いるし、ちょうどいいわ」


 ぐいっ。

 スピカちゃんが奈緒ちゃんの腕をつかまえて、引き寄せました。


「へっ? な、なに?」


 何も知らされていなかったのでしょう、困惑する奈緒ちゃんをよそに。

 スピカちゃんはひときわ大きく息を吸って、高らかに宣言しました。


「……宍戸獅星! 艶原藍! 安田怜介! 私たちはこの天音部で最高のバンドを組んで、あなたたちプラニスを超える……の座を頂くわ!」


 ぴしっ、と真っ直ぐに立てた指が、部長先輩に向けられます。


「次回の天文台ライブを楽しみにしていてちょうだい」


 その堂々たる佇まいは、まるでおとぎ話に登場する勇敢なお姫様のように、優雅で、凛々しく、気品に溢れていました。


 ……ところで、また一番星って言ってるけど、私はもう気にしないことにしました。人は細かいことを気にするのをやめたとき、ひとつ大人になるんです。お姉ちゃんが体重計に乗りながらよく言ってます。


「……えーっと? これってつまり、宣戦布告ってやつ?」

「ええ、そうよ。だから、敵であるあなたと馴れ合うつもりはないの」

「にゃっ!?」


 奈緒ちゃんがぎょっとした顔で奇声を上げました。私「たち」の部分が完全に想定外だったようです。


「ちょごごご誤解ですっ、アタシは先輩と馴れ合い歓迎っていうかぁ、も、もっと仲良くしたいって、いうかぁ……もにょもにょ……」


 慌てふためく奈緒ちゃんの声が、水に沈むようにもごもごと小さくなっていきます。たぶん、言ってる途中で恥ずかしくなっちゃったのかもだけど、それじゃちゃんと弁明できてないと思うよ……?


「……ふっ。よし。レイ、ラン。カモン」


 部長先輩は一呼吸置いて、落ち着き払った声で二人のバンドメンバーを呼びました。

 二人とも、やれやれ仕方ないといった苦笑を浮かべつつも、部長先輩の両隣に並びます。


「ふっふっ……あ、ちょい。ランもうちょいこっち。この辺」

「ここかな?」

「そうその辺」


 注文が細かいです。


「ふっふっふっ……ふははははっ! ぐわーっはっはっはっはぁっ!!」


 満を持して、腕を組み仁王立ちした部長先輩がライオンのごとく豪快に吠えました!


「よかろう! その挑戦、受けて立ァーつ!」


 おおっ、とざわめく天音部員の皆さん。

 ノリノリで挑戦を受けた部長先輩と、先輩の堂々とした態度にも怯まずに向かい合うスピカちゃん。二人が不敵な笑みを交わし合う傍らで、奈緒ちゃんが情けない呻き声を出しながらへろへろと崩れ落ちました。


「そ……そんなぁ……」


 せっかく一緒の部活に入って、憧れのレグ先輩と距離を縮められると思った矢先にこの仕打ち。望んでスピカちゃんとバンドを組んだとはいえ、あまりにもあんまりな流れです。

 けれど、時すでに遅し。天文部員全員の見ている前で公然と、部長先輩率いる『プラニスフィア』とスピカちゃん率いる『一番星バンド(仮)』は、馴れ合い無用の敵対関係となってしまったのですから。


 ……あれ、そういえば。

 ポーラちゃんは、「ポーラだけ仲間外れなんてずるいノーっ!」って飛び出したりしないのかな。

 そう思って探してみると、唇をきゅっと結んだまま何らかの衝動に耐えているであろうポーラちゃんの姿を見つけました。


「ポ、ポーラちゃん……?」

「ムグゥ……ポーラ、まだメンバーじゃないノ……!」


 スピカちゃんに実力を認めさせるという条件で、バンドのメンバーにしてもらう約束をしたポーラちゃん。まだそれが叶ってない以上、正式なメンバーではないから、名乗り出たいのを必死に我慢しているみたいです。律義だなぁ。


「がんばってね、ポーラちゃん」

「がんばるノ、ありがとなノ」


 むふーっ、とおっきな鼻息をつき、ポーラちゃんは空手家みたいなポーズで気合いを入れるのでした。


「っへへーっ、けどそっかぁ。お前の態度がキツかったのは、敵対心の表れだったってことだな! それならそうと早く言ってくれりゃいいのによー」


 スピカちゃんに嫌われてないとわかったのがそこまで嬉しかったのか、にこにこと上機嫌な部長先輩。なんだか、身体はあんなにおっきいのに、中身はまるで小学生くらいの男の子みたいです。


「でもわかる、うんうんわかるぜ。オレたちの演奏にシビれて、対抗心メラメラ燃やしてくれたわけだ。いつだって星が主役のライブをしてきたつもりだけど、いやーこの身にまとう一等星の輝きはやっぱ隠せねーわ、かーっ!」

「二十一位ですけどね」

「んぐぐっ」


 レイ先輩のシンラツな言葉が部長先輩に突き刺さります。……お二人は同じバンドの仲間同士のはずなのに、どうして背中から刺すのでしょうか?


「ま……まあそうだな」


 と思ったら、部長先輩の方がやけにあっさりと認めました。


「今日、いま、この時は。オレみたいなの星じゃなく……」


 この声音。

 天文台ライブの日や、部活紹介の時と同じ……無邪気で、まっすぐで、人の心を引きつける、不思議な引力を感じさせる声。


「もっと目を向けるべき光がある」


 そんな『引力』が。

 誰もが目を奪われる力強い指先が。

 空へと真っ直ぐに向けられました。


 数分前とは

 満天の星々に彩られ、世界を見下ろす夜空へと。

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