第28話 天音部の先輩たち、です
「ちゃんとした挨拶は初めてかなぁ? 昨日は仮入部の子達も沢山いたしねぇ。えっとぉ、明ける、鳴るで
レイ先輩に名前を呼ばれたショートボブの先輩が、にこにこと楽しそうに続けます。どうやら二年生の点呼は、先輩方の自己紹介も兼ねているようです。
「メイメイも入部した時はレグ先輩目当てだったけど、若い子には敵わないから大人しくしてまーす。仲良くよろしくぅ」
「よろしくお願いします、メイメイ先輩!」
「元気で可愛いっ。応援しちゃおっかなぁ」
「そういう交流は後でな。
次に名前を呼ばれた男子の先輩が、長い手をすいっと挙げて返事をします。
「うーい。ルイルイのことはルイルイって呼んでね!」
「新田シバく」
「ごめん許して! メイみてぇなドラムゴリラにシバかれたらベース弾く指残んなくなっちゃう!」
「おっけーシバく」
ルイルイ先輩……もとい、新田先輩からも、部長に似たチャラ男の息吹を感じます。
それと、メイメイ先輩の名誉のために補足すると、先輩はぜんぜんゴリラなんかじゃないと思います。太くないし、むしろ小柄なほう。
「そういうイチャつきも後でな。次、
「…………」
「鳥出」
「…………、…………?」
「ネム」
「……あーらー……呼ーんだー……レーイくーん……?」
ものすごーくゆったりした口調で、ネム先輩がほわーっと返事をしました。
「おねむは今日もおねむだねぇ」
メイメイ先輩が、眠気が移ったみたいにあくび半分で笑います。
ネム先輩がどれくらいおねむかというと、さっきの一言だけ言い切るのに三十秒かかったくらいです。しかもこれは呼んだかどうかの確認だったので、このままではきっと会話になりません。
「呼んだ。いるな。よし次。
「ここにござる」
「ござるな。よし次」
あの、待ってください。
どうしてごく自然な感じでお侍さんのような口調の方がござるのでしょう。そして、どうして誰も、レイ先輩でさえも、ツッコミを入れないのでしょう。このままだとスルーされて次に行ってしまいます。
「……あの。失礼」
そんな時上がった、勇敢な声。
「どうかしたか、叶
「
本日二度目の訂正ですが、叶さんが質問を挟んでくれました。よかった。彼女はツッコミができるタイプの一年生です。
「やや、あいすまぬ。拙者、真壁翔馬と申す者。此処、早見高校天音部にて音楽の道を修めんとする若輩の侍。担当楽器は六弦……ぎたあにござる」
三味線とかじゃ、ないんだ……。
「ポーラ知ってるノ。サムライもニンジャも、もう日本にはいないノ」
ポーラちゃん、それは言わない約束だよ。
「現代においても、侍の心があればそれは侍にござるよ、ぽおら殿。拙者が侍を志して音楽の道を歩み始めたのも、幼少の時分ぎたあを抱えて世間を斬る侍を目にしたのが契機にござるゆえ」
そんな人いるんですか。怖いです。でも何となく、侍でもなければ音楽家でもない人のような気がします。何となく。
「まだまだ侍としては未熟な身なれど、宜しくお願いつかまつる」
「だそうだ。いいか?」
「……は、はい……もういいです。ありがとうございます」
思えば最初からツッコミを放棄していたレイ先輩のとどめの一言で、早くも全てを諦めてしまった叶さん。あなたは悪くないです。個性的すぎる先輩方がいけないんです。
……やはり、個性的な部に集まるのは個性的な面々ばかりということでしょうか。
「で、俺……安田怜介に、ラスト、
「はい。二年の米賀です。バンドも天文も、先輩としてはまだまだ頼りないかもしれないけど、みんなよろしくね」
……まともです。
ことり先輩、二年生なのに、とってもまともな先輩です!
「……い、いえ。これが普通なのよね……」
スピカちゃんの独り言で、感動しかけた私も我に返りました。そうです。これが普通です。
けど、『普通』のなんと素晴らしいことでしょう……。
「バイトだ塾だと予定が入ってなかなか揃わなかったが、二年はこれで全員だ。困ったことがあったら遠慮なく俺以外を頼るように」
あくまで自分自身の面倒は最小限に抑えつつ、レイ先輩は先輩としての威厳を示しました。
「あとは、三年だが……」
ノートをぱたんと閉じ、少し呆れた顔で溜め息をふっとついてから……レイ先輩は誰もいないはずの階段の下に向かって呼び掛けます。
「三年、
「あっ、ちょお前!」
誰もいないと思っていた空間から、焦ったような声が返ってきました。
全員が振り返ると、そこには。
「そのキラッとした名前、みんなの前で呼ばれんの嫌だから隠れてたってのに……」
「だからって私まで巻き込まないでほしいかな。おかげで暗がりに目は慣れたけど」
連れ立って現れた、天音部の部長と副部長です。
「バレバレです。去年も自分が点呼係なのいいことに、毎回名乗んなかったでしょ」
「ったく……なーんでそういうトコばっか気づくかね」
いえ、それよりも。
今レイ先輩、部長のことなんて呼んでました?
……れぐるす?
レグルスだから、レグ先輩?
「別にいいじゃないですか、レグルス。星の名前なんて羨ましい。ハマルやスピカと同じだ」
「……一緒にしないでくれる?」
「すまん」
「なあお前オレにだけ当たりキツくなぁい……?」
星の、名前……。
部長先輩……レグ先輩も、星だったんだ。
見る人を魅了し、聞く人を夢中にさせ、不思議な引力で引き寄せてしまう圧倒的なカリスマ。
ステージの上で眩く輝く、しし座の一等星。
王様の星、レグルス……。
『あれが、レグルス……名前しか知らなかった。ううん、きっと、今までちゃんと知ろうともしてなかったのかも』
プラニスのライブを聴きながら奈緒ちゃんと見上げた夜空、そして彼女の言葉を思い出します。
それじゃあきっと、奈緒ちゃんは、星に一目惚れしたんだね。
私があの日、王子様に出会って初恋をしたのと同じように。
奈緒ちゃんは、レグ先輩に出会って、世界の色が変わったんだ。
そう思ったら、さっきの奈緒ちゃんの発言や、レグ先輩への憧れという言葉が、なんだかとても愛おしいものに思えてきました。
……応援、してあげたいな。
奈緒ちゃんの恋も、青春も。
「……レ、レグさん、いつから……!?」
そう思って奈緒ちゃんを見ると、彼女は顔を真っ赤にしてあたふたしていました。
「んー? ショーマの、ギター侍のくだりあたりから」
「そっ、そうでしたかっ。には、にははっ」
どうやら、さっきの奈緒ちゃんのレグ先輩への憧れ宣言の時にはいなかったみたいです。
先輩の姿が無かったから強気だっただけで、本人に聞かれるのはまだ恥ずかしいのかな……?
「ラァンせんぱぁい! お疲れ様ですぅっ」
「うん、ありがとう桜」
「ラン先輩がいなくて、メイメイとっても寂しかったですぅ」
メイメイ先輩がハートマークを散らしながらラン先輩に寄っていきます。ラン先輩はクールに応じ、そんな様子を見てネム先輩やことり先輩までもがうっとりと頬を赤く染めました。
「め、メイずるいよ? 私だって、ラン先輩いなくて寂しかったもん……」
「……(こく……)……(こく……)」
「ふふ。ごめんね、寂しい思いをさせてしまって」
ラン先輩は相変わらずクールなままで、でも微笑みは優しくて……まるでこっちが王子様みたいです。
……もしかすると、部長先輩じゃなくてラン先輩に憧れて来ましたって言ってたら、奈緒ちゃんがつぶされてたのかもしれません。
「さて、待たせてしまって申し訳ない。レイ、お願いするよ」
「えー……レグ先輩来たんだからもう引き継ぎたいんですが」
「まーまー、こういうのは慣れだよ慣れ! とりあえず場数踏んでみろって」
「仕方ない……わかりました」
渋々とした言葉のわりにはどこかうきうき楽しそうに、レイ先輩はこほんと咳ばらいをします。
「以上十四名の参加をもって、本日の部活動を開始する。四月十一日、水曜日。午後七時十五分。天気は快晴」
かちり。屋上の扉の鍵が開く音。
「さあ、楽しい天体観測の時間だ」
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