第27話 らぶてき、です
「遅れてごめんなさいなノ!」
「ご、ご迷惑をおかけしました……!」
本日の活動場所、校舎西側の屋上……その入り口の踊り場で待っていた天音部の皆さんと合流した私とポーラちゃんは、開口一番頭を下げて謝りました。
奈緒ちゃんにスピカちゃんはもちろん、ほかの一年生の子たちに、昨日の見学や天文台ライブで見かけた先輩方もいます。大所帯。
……でも、ラン先輩と部長先輩がいないみたいで、レイ先輩がこの場を仕切っているようでした。
「もー心配したよしえら! 保健室いたんだって? 大丈夫?」
「部長やポーラがついてるって聞いたから、任せちゃったけど……まだ具合悪いなら、無理しなくてもいいのよ?」
「へ、平気だよ。もう元気だからっ」
口々に優しい言葉をかけてくれる奈緒ちゃんやスピカちゃんに、精一杯元気アピールします。
実際のところ、具合悪くなっちゃったのは苦手なものに挟まれてしまったストレスのせいなので、離れてしまえばもう大丈夫です。
「先輩も、お待たせしてしまって、すみませんでした」
「ん? ああ。気にするな。むしろ日が暮れて丁度いい時間帯だ」
レイ先輩も、私に気を遣ってそんな優しい言葉をかけてくださいます。
……いえ。これは素かもしれません。
「では、ひとまず一年は揃ったようだし。
「やだ」
「了解。では俺が点呼を取る」
……んんっ。何でしょう、今のやり取り。
レイ先輩の申し出に即答で拒否した彼は、数学の
一言で言えば、かなりゆるくてフリーダムな先生です。
そんなフリーダムな早樽先生にたった一言で丸投げされた役割に律義に従い、レイ先輩は私たちの方へ向き直りました。
「去年までは、点呼は先輩の仕事だったからな……実は俺がやるのは初めてだ。噛んだらすまん」
どこかうずうずと嬉しそうに咳払いをして、レイ先輩は一冊のノートを取り出しました。
「今から名前を呼ぶのは、昨日までに課外活動の同意書を提出してもらった生徒だ。手違いがあれば言ってくれ」
入部届と一緒になっていた特別課外活動同意書。それがないと、完全下校時刻を過ぎての活動……すなわち、天文部としての活動には参加できません。
活動前にこうして集まり、顧問の先生の監督のもと、参加者を名簿で確認するのが決まりだそうです。とはいえ、先生は本当にただ見てるだけみたいですけど……。
「五十音順、敬称略だ。まず一年。
「はいっ」
最初は奈緒ちゃんが明るく返事します。
奈緒ちゃんは今日の部活をずっと楽しみにしてくれてたみたいで、またレグルス見つけるんだーって朝からうきうきしてました。何だか、私までくすぐったい気持ちになってしまいます。
「
「
「すまん」
ぴしりとした口調で訂正したのは叶さん。
お隣の一年A組の生徒で、クールなお嬢様としてひそかに人気という噂を聞きました。奈緒ちゃんから。私の持っている一年生の情報はだいたい奈緒ちゃんから入ってきたものです。
「
「はーい」
カラオケにも一緒に行った、奈緒ちゃんと仲良しなキラキラ女子の早樽さん。
「……早樽?」
「あはは……そこのダラシナイのはうちの叔父ですー」
「なるほど……」
そう。早樽さん……通称スーちゃんは、実は早樽先生の姪さんで、先生のお家に下宿してるそうなのです。
叔父さんが顧問をしてる部活と、奈緒ちゃんが推してやまないレグ先輩に興味を持ち、仮入部を経て天音部に入部してくれた数少ない生徒のひとり。
他の子たちは……昨日の騒ぎもあって、何人か入部を取りやめたり他の部に行っちゃったりしたみたいですけど……でも、いいんです。あんまり多くて賑やかになっちゃっても、静かな夜には困りものですから。
「次は、
「はい」
昨日までと変わらない、凛とした声で、スピカちゃんが答えます。
最初は星に興味ないって宣言していたのに、ちゃんと天文の活動にも来てくれて、嬉しい。約束通り、スピカの見つけ方を教えるね。
「
「は、はいっ」
私の番。
緊張のまま返事をすると、目が合ったレイ先輩の口元が、一瞬だけふわっとやわらかくなったような気がしました。
「最後に、ポーラ・ルクレツィアス」
「はいなノー!!」
「元気だな。もう夜だから、少しトーンを落としてな」
元気いっぱいなポーラちゃんがラストで、一年生は全員みたいです。
「昨日見学に来てくれていた中にも何人か、入部したいと言ってくれていた子達がいた。今日はひとまずこのメンバーでの活動になる。……これから三年間、一緒に夜空を見上げる間柄だ。隣の仲間と、この時間が、お前たちにとって特別なものとなってくれることを俺も祈っている」
隣に立つ奈緒ちゃんを見ると、目が合って、にゃぱっと笑いかけてくれました。つられて私も、笑顔になっちゃいます。
反対側を見れば、眉を八の字にしながら恥ずかしそうにはにかむスピカちゃん。奈緒ちゃんにもらった笑顔を、おすそわけです。
そんな時でした。
「へー、今年の一年、女子だけなんだなっ」
先輩の誰かが、悪気なく、本当に悪気なくそう発言しました。
途端に、まわりの温度が1℃だけ下がったみたいな、微かな緊張が走ります。
「……あの私、」
「当っ然ですよーっ、だってレグさん超カッコイイんですもーん!」
何かを言いかけたスピカちゃんを遮るように、奈緒ちゃんが声を上げました。
「みんなレグさんと一緒に部活したくて集まったんですって絶対! かくいうアタシもレグさんに憧れてギター始めたクチですし! 今日はまだ来てないんですか? 残念だなーっ、一緒に星見たかったのになー」
「……奈緒!」
つらつらと喋る奈緒ちゃんを、スピカちゃんが強めに制止しました。
「どうしてあなたが体を張るの」
確かに、私の目から見てもちょっとオーバーです。
スピカちゃんの性別への言及から、奈緒ちゃんが話を逸らしたかったのは私にもわかりました。
人前で何度も蒸し返すような話じゃありません。昨日いなかった先輩には、さりげなく人づてに話が伝わるくらいでちょうどいい。
けれども、奈緒ちゃんの今の発言は、そ、その……お、お、男の人目当てで入部したって言ってるようにも受け取れてしまって。女子の先輩方への印象は、よくないんじゃ……?
そういう意味でも、スピカちゃんは「体を張る」なんて言ったのかもしれません。私のために、あなたが自分の評判を落とすことはない……って。
「にはは。だって、ホントのことだもん。アタシがギター始めた理由も、天音部に入った理由も、ぜーんぶレグさんへの憧れからだよ」
「だからって……」
「てゆーか、むしろ周りへの牽制もあるかなー。……にふっ」
雰囲気の変わった怪しい笑みに、スピカちゃんがびくっとたじろぎます。
牽制。その言葉の意味するところは、つまり。
『レグさん狙いの子がいたら、今のうちにつ・ぶ・す☆』
強気です。かつてないほどに強気です。
結果的に女子ばかりが集まったこの状況に、焦りを感じたりしちゃったのでしょうか。
……というか、あの、今さらなんですけど。
奈緒ちゃんって、部長先輩のこと……その、ら、らぶてきな意味で、好きってことだよね……?
「しえらはどう?」
「わっ、私!?」
矛先とぅ私。滅相もありません。この通りチャラ男は大の苦手です。それこそ保健室に運ばれるほどに。
で、でも正直に嫌いですって言ったらそれはそれでヒンシュクを買いそうですし。
社交辞令で好きですって言ったら奈緒ちゃんにつぶされちゃうし。
かといって言い淀んじゃったら、それはそれで怪しいし……!
どう答えてもバッドエンドの選択肢です。……詰みでは?
「あ、あの、その」
もごもごしながら、無意識に助けを求めて視線を送ったのは……。
「……む」
ほんの少し「うわ面倒そうだな」という表情を浮かべながら、それでもこの状況においては騒ぎを沈めるしかない立場にあるレイ先輩でした。
今日の私、かなりクレバーでは。
「安海。あまりハマルをいじめるな」
「あっ、いじめてませんよぉっ!」
「にしたってほどほどにな」
「う……はい。ごめんね、しえら」
「う、ううん」
よかった……何とか答えずに切り抜けることができました。
ありがとうございます、レイ先輩。恩に着ます。
「やー、活きがいいねー今年の一年はぁ」
「暢気に言ってないで、先輩として少しは協力的な態度を見せてくれるか、二年、
「はいはーい。ごめんねー面白くってぇ」
……驚くほど自然な流れで、二年生の点呼が始まりました。
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