第25話 ウル不良、です
「おいテメェ、さっきッから黙ってねえで何とか言えよコラ。隣の巨乳はちゃんとごめんなさいできただろうが」
「シエラタンは何も悪いことしてないノ!」
「関係ねえよ。テメェら仲間なんだろ、だったら連帯責任じゃねえのか」
「な、ナカマ……だと、シエラタンもゴメンナサイしなくちゃダメなノ……?」
羽丸しえらです。
四月十一日、水曜日。
私は今、物置にしか使われていないはずの空き教室に住んでいた不良の人に怒られています。死ぬほど怖いです。
えっと、どうしてこんなことに?
発端は、数分前に遡ります……。
◇
「シエラターン! おーいなノー!」
授業を終えて、放課後。
廊下の隅を歩く私の背中から、有り余る元気を乗せたパワフルな呼び声。
振り返ると、ガタゴトと音を立てながら、なぜか机を抱えたポーラちゃんが駆け寄ってくるのが見えました。
「って、ポ、ポーラちゃん!? あぶないよ! 廊下は走っちゃだめだよ!」
「あ、そうだったノ」
きゅっ、とその場でストップするポーラちゃん。きゅ、急ブレーキもあぶないよ。
「シエラタン見つけたのが嬉しくて、ついなノ。ゴメンナサイなノ」
「う、うん……転ばなくてよかったよ。机も、一緒に倒れちゃったらあぶないし……そもそも、どうして机持ってるの……?」
「かくかくしかじかなノ」
うん、ごめんねポーラちゃん。私それじゃわからないよ……。
「ここ、見てなノ」
ポーラちゃんが指を差した机の表面に目をやると。
「……? へこんじゃってる?」
ひとつひとつは小さなへこみ傷。けど、それがいくつも集中して、一部分がでこぼこになっちゃってます。この上で物は書きづらいかもしれません。
「これ、ポーラがやったノ」
「ど、どういうこと?」
私が疑問符を浮かべていると、ポーラちゃんは懐からずるりと細長い木の棒を取り出しました。
「これ……太鼓のバチ?」
「スティックっていうノ! 昨日ランタン先輩に貸してもらったノ」
自慢げにふふんっと鼻を鳴らすポーラちゃん。かわいいです。
そういえば昨日の楽器体験で、ポーラちゃんはラン先輩に太鼓(確かドラムっていうらしいです)を教えてもらっていました。ラン先輩は女の子たちに大人気だったな……。
そのあと先輩に貸してもらったスティック、懐に忍ばせるほどドラムが気に入ったんだね。
「えっと、もしかして、それで机を叩いちゃったの?」
「シエラタンすごいノ! その通りなノ、どうしてわかったノ?」
「つ、机に傷がついたって前置きがあったから、かな……?」
「シエラタンはメータンテーなノ」
肩書きを増やすのやめてね、ポーラちゃん。
「お昼休みにこのスティックで机を叩いてたノ。そしたら先生に怒られちゃったノ……」
「う、うん……休み時間でも、机がこんなになっちゃうまで叩くのは、だめだね……」
「バツとして、放課後に空き教室の机ととりかえてくるように言われたノ!」
それで、机を運んでいたんですね。
方角的に、ポーラちゃんの言う空き教室、心当たりがあります。一緒について行ってお手伝いすると告げると、ポーラちゃんは嬉しそうに机ごと抱き着いてきました。机から離れてえ。
「でも、そんなに夢中になるなんて……よっぽど楽しみだったんだね、ポーラちゃん」
「ムゥ?」
「奈緒ちゃんとスピカちゃんと、一緒にバンドするのが」
◇
昨日、奈緒ちゃんからバンド加入のお願いを受けて、スピカちゃんはくすくすと笑って答えました。
『あーあ、奈緒から先に言われちゃうとはね』
『にはは。気持ちはチャレンジャーだから』
まるで長年の戦友のように、言葉少なに笑い合う二人。やがて先に口を開いたのはスピカちゃんでした。
『……いいわ。一緒にやりましょう。よろしく、奈緒』
それを聞いて奈緒ちゃんが喜ぶより先に、ポーラちゃんが高らかに声を上げました。
『あーずるいノー! ポーラも、ポーラも一緒にやるノーっ!』
『ちょっ、ポーラ……! あなたさっきまでの話聞いてた? プラニスに、天音部じゅうの人たちに勝つためのバンドを組むって言ってるのよ?』
『カチマケがドッチでもいいのはポーラだけなノ、でも楽しいのはみんな一緒なノ! だからポーラも、楽しいのはみんなと一緒がいいノー!』
全力でイヤイヤするポーラちゃんに、困ったスピカちゃんは溜め息をひとつついてから、やっぱり困ったように笑って言うのでした。
『仕方ないわね……だったら、こうしましょう。私を……』
◇
「スピカタンをアッと驚かせるくらい、ドラム上手になるノ! そしたら正式にメンバーになれるノ! だからレンシューあるのみなノーっ!」
「ふふっ。うん。がんばって、ポーラちゃん」
「がんばるノ! ありがとなノ!」
高い壁に熱く燃えるポーラちゃんの瞳。だけどやっぱり、彼女の原動力はどこまでいっても「楽しい」なのです。
奈緒ちゃんやスピカちゃんと一緒にバンドができたらきっと楽しいから、同じステージに駆け上がるために全力で走るのです。
「…………」
私も、そこに一緒にいられたら、楽しいって思うのかな。
思って、もらえるのかな。
「シエラタン? どしたノ?」
「……ううん、なんでも」
私は、違うよね。
歌がへたっぴな私は、奈緒ちゃんやスピカちゃん、ポーラちゃんみたいに、本気で音楽を好きになれてなくて、心の底から楽しいって思えてない。
そんな私なんかがみんなと同じステージに立って、同じライトを浴びるなんて、違う。
本気の人たちに失礼です。
照らされない場所から、輝くみんなを見上げる方が……私にとってはきっと「楽しい」んです。
街明かりの無い山の中から、届かない星を見上げるのと同じです。
だから私は、見ているだけでいいんです。
私は、みんなとは違うから。
◇
「ここ、だよね」
「ごめんくださーいなノ!」
「ふふ、誰もいないよ。空き教室なんだから」
元気に挨拶するポーラちゃんと一緒に、誰もいない静かな空き教室に足を踏み入れます。
教室の後ろに積み上げられた机の山から、ポーラちゃんが持ってきたのと同じ号数が書かれたものを探して、引っ張り出しました。
「これでよし、と……ポーラちゃん? どうしたの?」
「……うずうず、なノ」
ポーラちゃん、それは口に出さなくても……って。
「もうヘコんじゃってるし、ちょっとくらいなら平気なノ」
「だ、だめだよポーラちゃ……あ、あれ、だめじゃないのかな……?」
スティックを取り出して構えたポーラちゃんの後ろ姿を見ながら、私は混乱した頭でぐるぐると彼女にかける言葉を考えてしまいます。
けど、時すでに遅し。
持って来たばかりの机の前に立ち、ポーラちゃんは満面の笑顔で両腕を高く振り上げました。
「うりゃーーーーーなノーーーーー!!!」
ずだだだだだだだだだだだだだだだだ!!!
「あああああうるっせええええええええええ!!」
ずだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ!!!!
「いやうるせえっつってんだろうがァ! 止めろコラァ!」
誰もいないはずの教室から聞こえた、男の人の叫び声。
「な、なに……?」
言われた通りに手を止めたポーラちゃんと二人、声の出所を探して教室を見回すと、ずるり。積み上がった机の下から、大きな男の人が這い出てきました。
「せっかく人が気持ちよく昼寝してたっつうのに、人の心ってもんがねぇのか、ああ?」
いかにも不機嫌そうに睨みつけてくるその男の人は……、
不良です。
間違えました。
ウル不良です。
オオカミのように鋭い眼光。つんつん尖って痛そうな髪。がるるるると剥き出しの敵意。身体が竦んで動かなくなっちゃいそうなドウモウな吠え声。
猛獣です。ウルトラ不良のウル不良です。
きっと私は、食べられてしまうんだ。
「ンだよ、黙ってねえで何とか言ったらどうだ」
「……? なんとか、なノ」
「おうテメェ巨乳、何だそりゃ天然かよ」
「テンネン……?」
「その乳は天然か養殖かっつってんだよ」
せ、せくはら……!
「ムゥ……? よくわからないケド、ポーラ和食も洋食も好きなノ」
「そうかよ、ちゃんとチョップスティック使えて偉ぇなおい。けどそっちのスティックはそんな風に使うもんじゃねェよ」
「そうなノ?」
「そうなの。力任せにブッ叩きゃいいってもんじゃねえだろうが。楽器も痛むし手首も痛める。何よりクソデケェ打音を間近で聞かされた俺の耳もクソ痛ぇんだよあー痛ぇマジ痛ぇ病院行ってこよっかなァア!」
「ム、ムゥ……ポーラ、空き教室だから誰もいないと思って、そノ……」
「いただろうがァ! 俺がァ!!」
「はいなノ、いたノ! ごめんなさいなノ!」
「よォしちゃんとごめんなさいできて偉ぇなクソが。その素直さと乳のデカさに免じて今回は許してやろう」
「ありがとうございますなノ!」
な、なんだか親しげな雰囲気でにこにこしちゃってますけど、ポーラちゃん、こういう人は絶対関わったらだめな人だよう……!
「……で?」
「ぴっ」
ぎろり。
ウル不良さんの鋭い眼光が、ついに私を捉えます。
「テメェの方は何か言うことねぇのか? ああ?」
何でもいいから、言おうとしました。
でも無理。
目をつけられて凄まれた途端、怖くて、怖くて、喉の奥が詰まってしまって、かすれた息しか出てきません。まっすぐ立っていられるのが、不思議なくらい。
世界ごと覆い隠したくなるような、息の詰まる敵意。やめて。それを私に向けないで。見たくないし聞きたくない。ごめんなさいも言えないけど、お願いだから許してください。
「おいテメェ、さっきッから黙ってねえで何とか言えよコラ。隣の巨乳はちゃんとごめんなさいできただろうが」
「シエラタンは何も悪いことしてないノ!」
「関係ねえよ。テメェら仲間なんだろ、だったら連帯責任じゃねえのか」
「な、ナカマ……だと、シエラタンもゴメンナサイしなくちゃダメなノ……?」
私を庇おうとしてくれてるポーラちゃんの声が、なぜだかとても遠くの方から聞こえる気がします。
人間、どうしようもなく怖いとき、無意識にバリアを張っちゃうみたいです。新発見。目からも耳からも、はっきりした情報が入ってこない。まるで首から上が丸ごと凍りついてしまったかのようです。
こんなとき、人はどうしたらいいのでしょう。
とにかく逃げる? 無理。足が竦んで動きません。
ウル不良さんの言う通り謝る? それも無理。そもそも声も出せません。
神様に助けを願ってみる? それで一体、どうなるというのでしょう。
ああ、でも、願うことしかできないのなら……誰か。
誰でもいいから、たすけてください。
「オイ、いい加減に……」
「ウェーイ、ふったりっともっ! なーにしてんの、こんなとこで!」
……おしまいです。
最悪の展開……後門のチャライオンが、現れてしまいました。
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