第6話 今日から一緒、です

 羽丸しえらです。


 今日は、四月二日。高校の入学式。

 待ちに待っ……てはいないけど、これからの私の青春を左右するであろう大事な転機となることは確かなこの日が、遂にやってきました。


「ふぅ……よしっ」


 大切なおひつじ座のヘアピンで前髪を上げ、勇気を胸に校門をくぐります。

 人の数は、思っていたほど多くはありません。さすが田舎、って言うべきなのかな。校舎前の掲示板に貼り出された組分けの掲示も、一年生のクラスは二つだけ。早速自分の名前を探さなきゃ。


「……って、あれ?」


 この、出席番号一番の名前って……。


「しーえーらっ!」

「わひぁ!」


 突然、両肩に何かがのしかかってきて変な声を上げてしまいます。振り返って正体を確認するまでもありません。この明るくて元気な声の主はただ一人。


「な、奈緒さんじゃないですかっ」

「にふふ、おっはよーしえらっ。今日から一緒のクラスだね、よろろ~」

「……へっ?」


 いまなんて?

 戸惑う私の目の前で、肩越しに伸ばされた奈緒さんの指が掲示の一点を差します。


「ほら、一年B組、出席番号二十七番、羽丸しえら! で、こっちの出席番号一番っ。安海奈緒さんだよーっ」

「あ……私、B組……」


 っじゃなくて!

 え、えっ、えええっ。

 奈緒さんって、奈緒さんって……年上じゃなかったのぉっ!


「しえら、今『奈緒さんって年上じゃなかったの』って思ってそうだね」


 奈緒さん、もしかしてエスパーなのでは。


「わかるぅ~わかるよぉ~。アタシのこの溢れ出るお姉さんオーラを前にしちゃったらそう思っちゃうのも仕方ないよねぇ~、わかる~」


 奈緒さんが、ウインクをしながらセクシーなポーズをとります。


「ふぇぁ……」

「……ちょ、ツッコんでよ恥ずいじゃんっ」

「ご……ごめんなさい?」


 正直、何が何だかわかっていません。

 奈緒さんは、この早見島で初めてできたお友達で……でも、もっと年上の先輩で、これから先関わることはそう多くないと思っていたんです。

 でも、それがまさか、同い年で、同じ学校で、同じクラスだなんて。

 これからは、毎日会えるだなんて。


「……っとまぁ、そーゆーカンジだから? これから一年、ううん、三年間! よろしくね、しえらっ」


 あの夜のように、つられて笑顔になっちゃう魔法みたいな奈緒さんの笑顔に。


「はいっ。よろしくですっ、奈緒さんっ」


 精一杯の笑顔で、私も返しました。


「ブブー。はいダメー。もーっ、クラスメイトなんだから敬語とかなしなし! なし寄りのなし!」


 な、なしなし? 梨は無しより出でて梨寄りの無し? イケイケギャルの皆さんの使う言葉は難しいです。


「は、はい……じゃなかった、えと、その」

「うんうんっ」

「よ、よろしくね。奈緒さ……奈緒、ちゃん」

「……んにゃーっ!」


 にゃんということでしょう。奇声を上げた奈緒ちゃんが、ねこじゃらしに飛びつくネコさんみたいに私に抱き着いてきたのです。


「にふふへへ、もぉーっ、しえらってばホンットきゃわいーっ! うりうり~」

「う、うりうりしないでぇ~」


 うりうりされちゃってます。

 その、周りのみんな、見てますし。元からキレイで目立つ奈緒ちゃんはともかく、私はこんなシューモクの中シュータイを晒すなどとんでもありません。た、助けてぇ。


「ちょっと、あなた達」


 うりうりされる私の前に救世主が颯爽と現れたのは、そんな完璧なタイミング。


「悪いけど、少しよけてくれない? 私、あなた達よりも背が低いから、クラス分けの掲示が見えないの」


 しん、と静まり返る空間に、よく通る綺麗な声。話しかけられた私も奈緒ちゃんも、返事すらできずに固まってしまいます。

 当たり前です。


 救世主は、文字通り言葉を失ってしまうほどの超絶美少女だったのですから。


「キレー……」「カワイイーっ」「芸能人とか?」「もしかしてアイドル?」「お前、声かけてこいよ」「な、なんでオレが! お前行けよ!」周囲のざわめきからは、そんなやり取りが拾えます。


「……っと、ご、ごめんごめんっ!」


 間を置いて我に返った奈緒ちゃんが私ごと脇によけると、超絶美少女さんは小さく微笑みながら「ありがと」と一言。夜空のように黒く艶めいた二つ結びを翻しながら、掲示板の方に歩み寄ると、自分の名前を探し始めました。


「お、おい、どっちだ……?」「A組か、B組か……」「あ、止まったぞ!」


 ざわつく周りの声なんてどこ吹く風の超絶美少女さん。その指が止まったのは、B組。私たちのクラスの方でした。


「A組の人は、残念ね。B組の人たちは、今日からよろしく」


 まるで自分がこの世の全てに歓迎される存在であると確信しているような、そんな圧倒的な自信に満ちた物言いで、彼女は言い放ちます。


「一年B組、出席番号十一番。寂沢さびざわ澄光スピカ。この早見島の一番星になる名前だから、覚えておくといいことあるわよ」


 スピカ、ちゃん。


「うひゃー、なんかよくわかんないけどスッゴイねぇ、あの子。……しえら?」


 間違いありません。

 彼女は、星。

 地上にあって、その輝きを誰にも止められない、星。

 人間の住む世界とは違う、どこか遠くからやってきたような、物語の中から飛び出してきたような、まばゆく煌めくおとめ座の一等星。


 そう、あの日の王子様と同じ。

 夜空の神様が地上に遣わした、星のお姫様に違いないんです。


 わっと色めきたつ新入生たち。お姫様に集まっていく男の子に、女の子。波紋のように広がる声、声、声。

 星が躍ったあの夜のような高鳴りとときめきは、結局それから丸一日鳴り止むことはなく、私の胸をかき鳴らし続けていたのでした。

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