第一章・第四節
//第一章・第四節//
航鉱の帰り道、ロヴィは何を話せばいいかわからなかった。
イゾウがあの “真っ赤な髪束の様なもの”のおかげですっかり近寄り難くなってしまったからだ。醸し出される空気は目に見えて淀んでいる。吸い込む空気が重たいせいか全く口を開くことができそうになかった。しかし、何の会話も無いただただ闇が広がる静かな空間に耐えられなかったのか、ロヴィが力を振り絞って当たり障りのない話を切り出した
。
「なぁイゾウ、迷鉱ってどうやってできたんだろうな?」
「知らんな」
どうやら気を逆撫ですることはなかったようだが、反応がいまいち薄い。これでは己の行為が最適解だったのか、はたまた愚策だったのか判断しかねる。しかしこれ以上突っ込んだ話をするわけにもいかず、ロヴィはそのままとりとめのない話を展開していく。
「なぁ、イゾウ、迷鉱はどこまで続いてるんだ?」
「解らんな」
おっと、またもや白湯のようなうっすい反応だ。何の進展も見られない。しかしこの程度で諦める猪突猛進ポジティブ少女ロヴィではない。彼女は基本的にメンタル強めな女の子なのだった。
「イゾウ・・・あそこの壁に張り付いてる毛むくじゃらは、何だ?」
「知らんな」
まだだ
「イ、イゾウ、あっちの方に見えるキラキラは・・・」
「知らんな」
まだ、だ
「イゾウ、えっと、その・・・」
「解らんな」
ま・・・だ
ぷっちーん
ついにロヴィの中で何かがはじける音がした。
「おい!イゾウ!黙っていたがもう我慢の限界だ!人の話を聞いているのか!?」
さすがに対応の適当さに猛抗議をするロヴィ。イゾウのことを心配して当たり障りのない話をわざわざ振っていたのに、この仕打ちはあんまりだったのだろう。心なしかロヴィの目元が潤いを宿していた。
そして対するイゾウはと言えば
「知らんなー」
この有り様である。
いや、語尾が伸びただけ進歩したのか、単に適当にあしらわれているのか。
「絶対聞いてないな!?」
迷鉱を吹き抜ける風が、ロヴィの悲痛な叫びを闇の中へとさらっていく。ゼェゼェと肩で息をするロヴィ。どうやら気の利く少女ロヴィの思いが報われる日は未来永劫訪れることは無いようだった。
そして数分後
ロヴィは鼻歌交じりにスキップをしていた。
なんだか本当に“お花畑”と“ちょうちょ”が見えてきそうなくらいには、完璧なスキップと鼻歌がそこには展開されているではないか。
そう、ロヴィはダークサイド(?)に落ちかけていたイゾウを心配する気の利く女の子である前に、年上にいいようにからかわれて涙目になる可哀そうな女の子である前に、アホの子だったのだ。その感情の切り替え能力を称賛するかべきなのかもしれないが、とにかく彼女は紛うことなきアホの子だったのだ!
そしてイゾウは思う
( 緊張感の欠片もねぇ )
原因は割と彼自身によるものだったりするのだが全く気に留めていない様子であった。
探鉱夫にとって航鉱とは命懸け、緊張の糸がぶつ切れそうになるようなものだ。一歩間違えば二度と帰ることができなくなる、それどころか無事に生きて帰ることができるかすらも分からない。そんな重圧に耐えかねて探鉱夫を辞する者も多かったりする。いくらロヴィがアホの子だからと言って、それをものともしないということは並々ならぬ精神力を持っていることの裏付けとなる。
のだが
( いや、単にアホなだけだな )
イゾウは眼前で揺れている赤茶の髪を眺めながらそう確信した。そんなものだろう、と。
そして、そんなアホの子ロヴィは思う
( イゾウ、少しは元気・・・出たかな )
イゾウは記憶の引き出しを片っ端から漁っていた。
彼の三十と幾年という決して短くない路を記録してきた記憶の引き出し。そしてお目当てのものはすぐに見つかった。
引き出しの一番目立つ場所。
最も大切そうに保管されている彼にとってかけがえのなかった思い出、二度と味わうことのできない幸せな時間。そこにはいつも“真っ赤な髪”が映り込んでいた。どれだけ追いかけても追いつけず、どれだけ見上げても届くことは無かったそれ。あまりにも眩しくて、輝いていて、そして今ではもう見ることのできない世界。
「師匠・・・」
イゾウはつぶやく。普段ガサツで力強い性格の彼のものとは思えないほどに、か細く、そして弱々しい声色だった。当然ロヴィは気づいている様子もなく、大手を振りながら呑気に歩いている。彼女が聞いていたらどんな反応をしただろうか。
イゾウは来た道を振り返った。先ほどまでそこに存在していた乗り物は闇の中に飲み込まれてしまったようだ。迷鉱の闇は全てを飲み込んでしまう。物も、事象も、生き物も、そして過去さえも。それは抗いようの無い事であり、まして立ち向かうことなど到底許されることではない。
絶対的なまでに。
しかし彼の瞳には確固たる意志が表れていた。それは獲物を狩る捕食者の目だ。そして鋭利な切れ味を誇る刃のようだった。触れただけで傷を負ってしまいそうな、そんな危険性を秘めている。しかしそれと同時に、ガラスのような脆さを秘めたものでもあった。少しの衝撃で壊れてしまうような、そんな儚さを感じさせるものだった。
「イゾウ!何をぼけっとしているんだ!早く行くぞ!」
ロヴィが立ち尽くしているイゾウに向かって催促する。
「私は早く帰ってご飯が食べたい!しかも今日は結構いろいろあって疲れたからな!御馳走にしよう!うん!それがいい!」
なんだかイゾウの知らないところで食料備蓄の危機が発生しているようだった。勿論そんなバカげたテロ行為は全力で阻止しなければならないのだが。
しかし、彼女は気づいているだろうか。
今のイゾウにとって、その際限のない明るさが、とりとめのないやり取りが、どれだけ眩しい物かを。
( なんだよ・・・ )
重なる、重なってしまう。
今、イゾウの目の前には赤茶色の世界が広がっている。
それは他愛もなく、粗さが目立ち、拙さを感じる子供じみたものだった。
しかしそこには間違いなく温もりがあり、そして当たり前のように光に満ちていた
「・・・わーったから落ち着けってんだ。」
イゾウは悪態をつきながら“ロヴィに着いて行く”。
いつの間にか先頭を歩いていたのはロヴィの方だった。そんなことに気づかされる。
イゾウの目の前で赤茶の髪が左右に揺れている。迷鉱の中で爛爛と赤く輝くそれは迷鉱の途を示す灯のようであった。
いつか見ていた灯。
自分の目指すべき灯。
そして、今そこにはもう一度灯っている。
ならば、為すべきことは
( 今度は失ったりしねぇ、この景色を・・・奪わせたりはしねぇ )
イゾウの握る拳に力がみなぎっていく。
その硬さは、きっと決意の表れだ。
その後もとりとめのないやり取りが交わされたりもしたが、イゾウとロヴィはようやくイグナス鉱路初槽まで戻ってきた。相も変わらず目の前には煌々たる世界が広がっている。地面から延びる水晶の大きさからして、この空間がいかに長い年月をかけて形成されたかが容易に想像できた。そして多様な水晶が織りなす有機物の世界は、様々な深生物の巣窟となり一つの生態系を描いている。
空間の上部に群生し発光している植物「カガヤキ藻」。相も変わらず煌びやかな輝きを放っている。自然光と見紛うほどの光量は迷鉱の底無しの闇もあってか、少しばかり眩暈がする程だ。
壁に乱立している水晶の内部に潜む外骨格の生物「トウロウ」。トウロウは石英を主食としていることもあり、水晶内部を掘り進み己の縄張りとする。適当な水晶を小突いてみると彼らが飛び出してくる、なんて光景もしばしば見受けられる。
そして上空を舞う体躯の白い鳥「イナナキ」。甲高い鳴き声を発しながら上空を旋回している彼らは、この槽の生態系の頂点に立つ存在だ。彼らの翼は地表に生息する通常の鳥とは異なる。石英、つまり水晶で形成されているのだ。それ故に、彼らが羽ばたくたびに光が屈折し散りばめられる。その光景は光の雨が降り注いでるようにも思える。
そしてイナナキの被捕食者に当たる「ホシネズミ」。地面を駆け巡りながら淡い黄色で発光する様が“星”に見えることからそう呼ばれている僅か20センチほどの灰色のそれは、深生物の中でも力の弱き存在だ。そして目の前でぐったりと地面に伏している“それ”もそうだった。
「おい、イゾウ!このホシネズミ出血がひどい!助けなきゃ!」
ロヴィは見るからに深手を負ったホシネズミのもとへと駆け寄る。血に塗れた背中にバッサリと切り裂かれた跡がある。彼らの天敵、イナナキによるものだろう。ホシネズミの鼓動は今にも止まりそうなほど静かだった。
「あぁー、待て待て、これを使え。」
ホシネズミの前にへたり込んで泣いてしまいそうなロヴィを見かねたのか、イゾウはバッグから黒い液体の入った瓶を取り出す。
「これは?」
「ベリモスの体液から抽出したモンをネバツキ草と煮込んだもんだ。傷口の化膿を防ぎ出血も止めてくれる。くっそ、これ結構高いんだぞ・・・」
ロヴィは瓶を受け取ると、ホシネズミの傷口に黒い粘性の液体を塗り込む。すると黒い液体は瞬時に弾性の強い感触に変化し傷口を塞いでしまった。ホシネズミは痛みが走るのか呻き声を上げる。血に染まった前脚が頼りなくピクピクと震えている。
思わずロヴィはホシネズミを両腕に抱きかかえた。
「おいおいそんなへちゃむくれた顔すんな。しばらくすりゃ元気に走り回るようになる。」
「それ、ほんとのほんとか??」
「あぁ」
「ほんっとうに!ほんとなのか!?」
「そうだっつってんだろ!」
さすがにロヴィのしつこさに苛立ちを覚えたのか、イゾウが怒声をあげた。
半泣きの少女と怒号を飛ばすおっさん、はたから見れば事案発生である。そんな悪者おやじイゾウは落ち着きを取り戻したのか、ため息をついてある疑問をぶつける。
「っつかそれどうするんだ?・・・まさか持って帰るつもりじゃねぇよな?」
「そ、そんなわけないだろ!ただ・・・」
ロヴィの目は泳ぎまくりだった。その辺の川なら流れに逆らってバタフライができそうなくらいだ。イゾウはそんな遊泳少女ロヴィを見て更にため息をつく。
本来、迷鉱の生態系に探鉱夫達は含まれていない。探鉱夫は基本的に“よそ者”なのである。それもそのはず、深生物からすれば探鉱夫は未知の存在であり、恐怖の対象でもあり、そして敵でもある。そして、その“よそ者”が迷鉱の生態系に必要以上に深く関わることは、探鉱夫の間であまり良しとされていない習慣がある。深生物に深く干渉するということは、“生態系に干渉する”ということに直結している。
そしてそれは膨大な危険性を抱えている。
例えば、深生物に“探鉱夫とは何かということを教えてしまう”。
実際に深生物が“探鉱夫とは何か”というもの知るとする。では、それによって何が引き起るか。シンプルだ。
探
・
鉱
・
夫
・
に
・
対
・
す
・
る
・
耐
・
性
・
を
・
つ
・
け
・
て
・
し
・
ま
・
う
・
。
それは探鉱夫が迷鉱から生還する可能性を著しく下げることと同義である。
深生物は知性を有している。それも、相当高度な知性を有している種も存在する。それらが探鉱夫、敵に対する進化を遂げでもしたら・・・探鉱夫の未来は絶望的なものになってしまうのは必然だ。
そして、大規模ではないにしろ実例も確認されている。
鉱歴512年、イグナスの探鉱夫が航鉱中に腕を骨折し弱っていた「アカメザル」に手持ちの食料を与えたのだ。それだけを聞けば微笑ましい話であるが、問題はこの後に発生した。
それから半季の間、迷鉱内の至る所で腕
・
を
・
骨
・
折
・
し
・
た
・
ア
・
カ
・
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・
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・
ル
・
が
・
相
・
次
・
い
・
で
・
発
・
見
・
された。
これが何を意味するか、説明せずともわかるだろう。
そういった意味でイゾウは、目の前の死にかけのホシネズミに安易に手を差し伸べることに抵抗の色を示しているのだった。例え無害で危険度の低い深生物だとしても、生態系が歪んでしまう可能性がゼロではないのだ。
しかしロヴィにとっては目の前のそれが“いのち”なのには変わりはない。
そして“いのち”であるが故に彼女は放っておくことはできない。
( よそ者がなんだ、生態系がなんだ、習慣がなんだ!!そんなもの、どうだっていい。目の前で消えかかっている命が助かるのなら、私は絶対にそのチャンスを逃さない!逃してたまるもんか!! )
思いに秘める強さとは裏腹に、ロヴィは腕の中で震えるホシネズミをより一層優しく包み込む。
「わーったよ、わーったって」
しばらくしてそんな声が響いた。
「お前さんが、何だ・・・その、“そうなってしまった”のは仕方のねぇことだからな。」
「イゾウ、それって・・・!」
イゾウの方を向いたロヴィは瞳に涙を浮かべながらも笑みをこぼしていた。相反する表情が入り乱れ、ロヴィの顔はくしゃくしゃになっている。
「ただし、絶対にばれねぇようにしろよ。深生物を持ち帰ったなんて知れたらお偉いさん方が発狂しかねん・・・」
「ほ、本当か!ありがとうな、イゾウ!」
ロヴィはホシネズミを暖を取るための毛布でくるみ、バッグの中へそっとしまう。
急激に元気を取り戻したロヴィとは反対に、イゾウは特大のため息をつく。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・」
肺の中の空気をこれでもかという程吐き出す。イゾウのため息は空気中の微細なケイ素を浮かび上がらせ、キラキラと光っている。ここまで美しいため息も中々ないものだと頭の中で皮肉を口にした。
「ったく、街に帰ってからのことを考えると頭痛くなってきやがった・・・」
イゾウは先行きの不安を悟ったのか頭を抱える。
それに、どこぞの飼い主さんの為に“やること”が一つできてしまった。イゾウはそのために辺りの散策を始める。明らかに面倒臭そうな顔をしていた。
しかしバッグを見つめるロヴィの表情を見たイゾウは、珍しく口元をほころばせる。
その顔が、とても優しさに溢れたものだったからだろうか。
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