第135話「けれど」*


「さて、騒がせたな」


 ともあれ、最強主人公ちゃんにあの欠陥魔法について問題がある事は伝えられたし、最強主人公ちゃん自身も見たところ処置が必要な程欠陥魔法の副作用は出ていないように見える。


「あれ、もうお帰りですか?」

「ああ」


 ちょっと現実逃避をしたくなるようなところはあったが、取り返しのつかない事態は避けられたし、慌ててここに来るのに放り出してきたモノだってある。


「俺も教官だ。新学期に向けていろいろ準備せねばならんこともあるからな」

「あ」


 言外に忙しい身の上だと言えば、最強主人公ちゃんも理解に至ったらしい。それ以上引き止めてくることもなく。


「ではな」


 挨拶もそこそこに俺は踵を返す。慌てて出てきたので、窓は開けっぱなしで施錠もしていない。この士官学校は警備の為の兵士もいて治安面ではそれほど悪くない筈だが、それでも下着泥棒が出たりするのだ。


「あまり時間はたってないが、無施錠はな」


 不用心すぎる。寮の外に出て、人目がないのを確認した上で俺は自身を不可視化し、飛翔の魔法で来た道、いや来た空をそのまま引き返す。


「後になって思い返すと、とんだ醜態だな」


 けれど、頂いたコメントを見て危機感を感じ直行したからこそ手遅れになる前に間に合ったのも事実。コメントを頂いていなければ、最強主人公ちゃんが欠陥魔法に手を出していたことすら知らずにいた可能性が高い。


「その上で、浴場での失敗から実力の不足を感じた最強主人公ちゃんが限界まであの欠陥魔法を使ってトレーニングに望んだとしたら――」


 想像するのも恐ろしい事態になっていた、かもしれない。


「そういう意味で……うん?」


 俺が新たなコメントに気づいたのは、部屋まで空を飛んで戻る途中のこと。


「さすがに拝見はたどり着いてからにさせて頂くとして」


 タイミングがタイミングだけに、内容は非常に気になったが、そちらに意識を奪われて建物に高速でつっこんだら目も当てられない。


「第一、大した時間もかからんしな」


 これで最強主人公ちゃんがかかわる案件だったら、来た道を速攻で引き返す羽目になったかもしれないが、そこは甘んじて受け入れるしかない。


「ほう」


 そうこうしている内に窓の開け放たれた建物が見え始め、俺は高度と速度を下げ始める。勢いがついたまま部屋に飛び込めば待っているのは惨状だからだ。


「よし」


 充分に減速が効いたところで、窓をくぐり。


「とっとっと」


 数歩たたらを踏みつつも無事着地する。


「さてと、侵入者はいなさそうだ」


 無施錠の件が杞憂で済んだならば、次はコメントの拝見となる。


「む」


 確認して、声が漏れた。


『誤字……なのかな?』


 という一文から始まったそれは、誤字報告なのだが。


「あー、それは誤字じゃなくて最強主人公ちゃんがセリフを噛んでる部分ですね」


 最強主人公ちゃんは、緊張したとかいろいろな理由で、セリフを噛んで「す」が「つ」になる。作者であれば、仕様ですと答えたかもしれない。


『もうすぐで全150話ですね! これからどんな展開になるのか楽しみです』


 一方で、続く期待を載せた感想の部分は、俺にとってもびっくりする内容だった。


「もう150話近いのか……」


 作中の人物に話数はわからない。前世で見た商業作品にはメタ発言でその辺りに降れる登場人物が出てきたこともあるが。ともあれ、俺にとっては新情報であった。



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