第130話「そしてささやかな平穏が訪れた筈だった」*


「うん?」


 自室に戻り、殿下へのトレーニングメニューについて考えていた時の事だった。


「コメント、か」


 新たに寄せていただいたそれに気づいた俺は、羊皮紙に走らせていたペンを置き。


「え゛」


 変な声が出た。


『勇者ちゃんは初期値がカンストしてるっぽいからこれ以上初期値を上乗せして成長率を上げたらバグってとんでもない成長率になりそう』


 前半のコレはひょっとしてあの欠陥魔法を最強主人公ちゃんが使用した場合前提の話だろうか。そう思ったのもつかの間の事。


『性欲の成長率も教官の時とは月とスッポンぐらいも違いそうで怖いですね』


 この後半であっさりと確信に変わった。


「どう違うのかを詳しく聞くのは怖い気もするが……」


 なぜこんなタイミングで、こんなコメントが来るのか。


「俺が明かした黒歴史を見て、最強主人公ちゃんに適用されるフラグと見た?」


 可能性はゼロじゃないが、もしそんな事態が起ころうとしていることを俺が知ったなら何としても叩き潰す。


「その流れが来ることを見越した警告なら、いい」


 ここから注意していればいいだけだから。


「だが、もう既にあの発想にたどり着いて独自に欠陥魔法を使い始めていたとしたら――」


 思い起こせば、最強主人公ちゃんはましゅ・がいあーから自己強化系の魔法を見て会得していた。まったく下地がない訳ではないのだ。


「確認せねば」


 最強主人公ちゃんが痴女になって不祥事を起こしてからでは遅いし、作品として崩壊してしまう。


「させんぞ! 完全体どうみてもちじょですありがとうございましたになどさせてなるものか!」


 頂いたコメントがすでに欠陥魔法を始めてますけど大丈夫ですか的な意味の警告だったとしても、まだ間に合うからこそこのコメントを投げてくださったはずだ。


「間に合え、間に合えよっ!」


 殿下には申し訳ないが、これは悠長にトレーニングメニューを考えている場合じゃない。急がねば、急がなければ。扉から出るのももどかしくて、俺は窓を開けると身体を外へ放りだした。


「もし、あのあと異常な強度であの欠陥魔法を使って一気に成長することを最強主人公ちゃんが試みて、間に合わなかったら――いや、なぁいっ!」


 不意にそんな最悪の結末が脳裏によぎるが、頭を振って飛翔魔法の発動とともに流れだした景色と共に振り払う。


「欲望をセーブできないフルパワーの変態なぞ、性別を問わず誕生した時点でこの世の終わりだ」


 子供には見せられない系のお話なら話は別だが、この世界は全年齢向けの筈。


「よもや、このような形で世界の危機と戦うことになろうとは」


 ぶっちゃけ、こういうのってそれこそ主人公の役目だと思うのだが。


「くそっ、やめてやる! 一日も早く踏み台になって、こんな損な役回りをする日々を終わらせてやるぞ!」


 流石に人様に聞かせられないので心の中で喚き散らしつつ、俺は障害物のない空を一直線に最強主人公ちゃんの居る寮へと向かうのだった。


 



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