番外「知らない場所(最強主人公?視点)」

「んっ」


 冷たい。


「ボク、どうして――あ」


 記憶の混乱はほんの一瞬だった。濡れて張り付いた衣服の不快感に顔を顰めながらも身体を起こしたボクが思い出したのは、特別魔法教官に魔法を教えてもらうことになって浴場に移動して水を出す魔法を使ったこと。


「それで服が濡れてたんだ」


 水を出したから濡れた、おかしなところは何もない。だけど。


「それじゃ、ボクは何でお風呂じゃなくて、こんなところに居るんだろう?」


 身を起こし、目に飛び込んできたのは視界を横断する川の流れと向こう岸に広がる花畑。


「気が付いたようじゃの?」

「だ、誰?!」


 ふいに声がして振り返ると、そこには人がいた。見たことのない異国の服を身に着けた白髪の女の人。うん、おばあさんだった。


「わしは、そうさの奪衣婆と呼ばれておる。もっとも名前ではなくわしと同じ仕事をする者は総じて同じように呼ばれる職業上の呼び名みたいなものじゃな」

「奪衣婆さん?」

「うむうむ。ここを訪れる死者の衣服をはぎ取って生前の業の重さを調べたり、そこの川を渡る船の渡し賃が払えない死者からはぎ取った服を没収したりするのが役目じゃの」


 オウム返しに問えば、おばあさんは自分の仕事についても説明してくれた。それはいいとして。


「死者ってことは……」

「死者は死者。ここは死んだ者が来るところじゃからの」


 聞き捨てならない単語を耳にし、恐る恐る確認するとおばあさんはあっさり頷いて見せた。


「じゃあ、ボクは」

「その通りと言いたいところじゃが、ちと違う。ここは時々命は落としておらぬものの死にかけた者も迷い込んでしまうところでのう」

「え?」

「お前さん、世の中で一日何人ぐらいの者が死んでおると思う? もし本当にお前さんが死人ならば問答無用、意識があるなしに関わらずあちらにわたる船に放り込んでおるわい」


 ここを訪れる死者の数を鑑みれば、一人に長々時間を使ってはいられないのだとおばあさんは言う。


「行列が出来て混雑してしまうからのう。渡し場はここだけではないが、それはよろしくないじゃろ。とはいえ、迷い込んだ生者を放っても置けぬ、故に休憩時間を使ってこうして説明しておる訳じゃ」

「きゅ、休憩時間」

「それはそうじゃ。休みなどなしで働けるわけがないじゃろ? 話を戻すぞ、お前さんは現在死にかけてここに居る。このまま息を引き取るか助かるかはわしにもわからぬが、死んだならあちら側に渡すだけの事。九死に一生を得たなら、ここに来たことを反省して次は軽々しく命の危機になど陥らぬよう気を付けること、それだけじゃ」


 動じることなく淡々と、ひょっとしたらボクみたいなケースにも慣れているのかもしれない。


「軽々しく、命の危機に……ああっ」


 そこまで言われてもう一つボクは思い出した。意識を失う直前のことを。

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