第121話「水」

「さて、始めるとするか」


 浴場にたどり着くと、俺は不安をかき消すように平静を装って最強主人公ちゃんに告げた。


「まずは俺が手本を見せる。よく聞き、見ているがいい」


 そうあらかじめ言った上で普段俺が行うにはありえないほどゆっくりと大きな声で詠唱を始める。魔法の発動に至るまでも時間をかけ、完成させるのは水の球を出現させるだけの魔法。周りに被害を齎さないように幻を用い俺の良く使う攻撃魔法と違い、実物を作りだすタイプの魔法でもある。


「わぁ」

「まぁ、基礎中の基礎だな」


 当たり前の様に出現する水の球に歓声を上げる最強主人公ちゃんに俺は肩をすくめて見せた。


「ただし、基礎ほど大切なことはない。基礎がしっかりしていれば、応用することで数多の状況に対処が可能だ。もちろん、魔法も万能ではない。どうしようもない事態は存在するが、そう言ったケースを最小にするためにも行使できる魔法は多い方が良い」

「基本は大切、っと。応用することで――」


 本来なら授業で語る内容を一人の学生のみに語るのは少々新鮮だが、流石奨学生と言うべきか。すぐさまメモをとり始めており。


「メモは実技に移る前に離れた場所へ置いておくようにな」


 魔法の暴発で濡れてしまうかもしれんと一応忠告しておく。宝玉で見せた反応を鑑みるとメモが濡れるですまない気もしては居るが、そこは教官である俺の腕の見せ所だ。防御用の魔法による結界で俺と最強主人公ちゃんを包み、最悪の事態に備える。


「ここは気が抜けんな」


 浴場を損壊してしまったりしたら笑えないだけでなく、男の教官が女子学生と浴場でなんかやってたという極めて誤解を招きかねない状況が漏れかねない。内容がねじれ曲がって広まり風評被害と化せば、社会的に俺は終了だ。何としても無事に終わらせなくてはならない。


「しかし」


 ある意味最強主人公ちゃんと魔法的なモノで勝負する形になるのは、これが初めてか。


「あ」


 踏み台転生者が最強主人公ちゃんと対決とか、これもう確定で俺が負ける流れなのでは。


「どうされました、特別魔法教官?」

「いや、何でもない」


 だが、ここでやっぱりやめましょうなんて言えるはずもない。背中に不快で嫌な汗がにじんだ。


「では始めますね、教官?」

「あ、ああ」


 ただ、抗えない流れに乗ってしまった俺にできたのは最強主人公ちゃんの確認に頷きを返すこと、察されない様に密かに張った魔法の結界を出来る限り強化することだけであった。


「ふむ」


 そして緊張しつつ見守る俺は最強主人公ちゃんの詠唱にまず唸る。完ぺきだ。理解しやすいようにゆっくりにしたとはいえ、一度しか実演してないのだ。


「やはり天分の才が」

「あ」


 あったのだろうなと続けようとした俺が知覚できたのは最強主人公ちゃんの声と自身に迫る膨大な水量であった。

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