第118話「見上げれば」


「何だ、ただの風か」


 気負い過ぎだったのか、後ろには何もなく、俺は苦笑する。


「ホラーものならここで何もないと油断させておいてという展開もありうるが――」


 言いつつバッと急に振り返るが、そこにあるのはほぼ変わらぬ寮の入り口とドアノブにはりついた下着が一枚。


「え゛」


 何がどうしてそうなった。思わずツッコミそうになったところで、下着が動いた。二度ほど羽ばたいてからドアノブを離れ、ヒラヒラと全体を動かすようにして蝶の様に飛んでゆく。


「ん? 蝶?」


 オオシロシタギモドキ、と言う名の珍しい蝶がこの世界には存在する、らしい。らしいと言ったのは実物を見たことがなかったからなのだが、もしソレが今目の前を飛んでいるモノならば、なるほど確かに下着そっくりだ。


「ただ、そんな蝶の存在、いったいいつ発見されたのか、それをどういう経緯で俺が知ったのかがあやふやなんだが……まさか作者、以前のコメントを参考にしてこの不思議生物をこの世界にねじ込んだのか?」


 呆然としつつ目が蝶を追い自然と空を仰ぐ形になれば、青い空を揺れるように飛ぶ別の下着蝶。


「直前の珍しい設定はどこに行った?!」


 ツッコんでみても蝶はヒラヒラ飛んでゆくだけ。ただ、この蝶塩分摂取に人の汗を吸おうとすることもあるらしく、蝶にたかられた人が下着泥棒の冤罪を受けるケースがごくたまにあるという。


「こう、俺が下着泥棒を捕まえた直後と言う意味合いで、狙い澄ましたかのようなタイミングだな」


 ひょっとしてあれも下着泥棒ではなく、干されていた下着に紛れ込んだ蝶を捕まえようとしていただけだったというのか。


「いや、さすがにそれはないな」


 もし目的が蝶であの場に居たならベランダでドタバタすれば驚いて逃げ出していた筈だ。だが、今まさに目撃している蝶の姿はあの時にはなかった。


「むしろ下着泥棒の件に気を逸らさせて実は今、俺の背中に蝶が止まっているとかそういうオチの方が……っ」


 首を巡らせると案の定と言っていいのか、肩甲骨辺りにとまった蝶の羽が見えた。


「作者め、姑息な罠を」


 だが、読み切った。手を振って蝶を追っ払うと、飛ぶ蝶が戻ってこないのを確認してから寮に向き直り。


「……しかし、妙だな? ノックはもうしたはずだが」


 しかも強めにだ。聞こえているであろうし、何か反応があってもおかしくないと思ったのだが、最強主人公ちゃんからの返事はなく。


「ふむ、タイミングが悪かったか」


 思い出すのは、前世での宅配便だ。なぜか入浴中やトイレなどすぐに反応できないタイミングに限って狙い澄ましたかのごとくやってくる為にポストの不在者連絡を引っ張り出して電話をかける羽目によくなったのを覚えている。


「気長に待つか」


 索敵用の脳内地図によって在宅なのはわかっているのだ。焦ることはない。俺は自分に言い聞かせつつ最強主人公ちゃんからの反応を待つのだった。





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