第112話「舞い降りるソレ」


「え?」


 収穫は全くなく、最強主人公ちゃんも諦め引き返そうとした時だった。風に流されひらひらと最強主人公ちゃんの頭上にそれが舞い降りてきたのは。


「蝶?」


 定番なら下着なんて発想をしたかもしれないが、時間帯的に洗濯物はまだ乾いていない時間帯だ。干してあったのが落ちてきたなら、ひらひらなんて悠長なモノではなく、もっと重力に引かれてほぼ真下に落ちてくるであろうから、こんな宿舎の側面に落ちてくることはない。


「あ、そっか。卵を産むんだ」


 蝶の動きを追っていた最強主人公ちゃんの視線がたどり着いた先は、塀と壁の間に生えた雑草の一つ。とまった蝶は葉の裏側に腹部を近づけると、こすり付けるような動きをして、新しい命を残してゆく。


「何やってるんだろう、ボク」


 その様に自身を振り返ってしまったのだろう、愁いげな顔で呟いた最強主人公ちゃんの独り言はついでの様に俺の胸を深く突き刺した。


「ぐふっ」


 と意識していなければ声が漏れてしまっていたと思う。世の中には冷静になってしまってはいけない時と言うのが複数存在する。まさに今だ。


「こそこそ他人の事を嗅ぎまわるなんてそもそもしちゃ駄目だったんだ。聞きたいことがあるなら、直接――」


 まるで俺がいることがわかって言っているかのように、その後も最強主人公ちゃんは俺の心をえぐり続けた。


「結局何だったんだ……」


 盗聴はいけないことと改心した最強主人公ちゃんは壁と塀の間を出ると、どこかに向かって歩き出す。だが、未だに誤解というモノが気になる俺は、こちらの独り言が聞こえない程度の距離を取って、最強主人公ちゃんの後をつけ続けていた。


「ええと、こっち側の……」


 こちらの声が届かないなら普通はあちらの声も届かないものだが、相手を視認できてまったく障害物の無い状況なら最強主人公ちゃん側からの声が届く距離だけを魔法で延長することだってできる。ぐるっと宿舎を回り込むような足取り、独り言と周囲を見回す動作からするとおおよそ何をしているかは察せるのだが。


「たぶん、ここだよね? ごめんください」


 ためらいなく戸を叩いたのは、先ほど盗み聞きをしようとしていた部屋だ。どうやら本当に正面から話を聞きに行ったらしい。


「むぅ」


 俺にはとても真似できないが、この状況は拙い。最強主人公ちゃんが宿舎の中に入って行ってしまった場合、尾行はほぼ不可能だ。最強主人公ちゃんと一緒にドアをくぐれれば話は別だが、いくら透明になっていても一緒にドアをくぐれる距離まで近づいたら気取られる危険性が飛躍的に高まる。


「かといってここで姿を見せ、偶然を装って会話に加わるのは不自然すぎるしな」


 加われるとも思えず、あれだけ苦労をしておいて、完全に成果なしとなりつつある。


「最強主人公ちゃんが帰ってから時間をおいて尋ね、何を話したか聞き出すというのも難易度が高いしな」


 聞き出す動機として教え子を納得させられそうなモノが今の俺にはない。ただ、手詰まりの状況に唸るのみだった。



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