第111話「予想可能回避不能、人はそれをお約束と呼ぶ」

 案の定だろうか、それともやはりだろうか。


「そうなるんじゃないかと思っていた」


 したり顔でこう頷けばいいのだろうか。


「壁と塀の隙間は予想より狭かったらしいな」


 端的に言うと、挟まってしまったのだ、俺が。


「ふぅ」


 そう、俺が。透明になって気取られないことで、油断してしまったのか。恥ずかしいことこの上ない。透明だからこそ前方の最強主人公ちゃんにはまだ気取られていないが、目的を果たして引き返してきた時、最強主人公ちゃんは透明の障害物と化しているこの俺とぶつかることになる。


「困ったものだな」


 他人事のように声には出さず呟いて誤魔化そうとするが、ぶっちゃけ大ピンチである。魔法で抜け出す隙間をこじ開けて脱出することも不可能ではないが、それをやると高い確率で塀が倒れる。俺は透明になっているが、最強主人公ちゃんは逃げ場もない。物音を聞きつけた宿舎内部の人間に見つかってしまうだろう。


「現実逃避している場合ではないか」


 身体能力を少しだけ強化して、身じろぎする。これで抜けてくれればありがたかったが、挟まった俺の身体はびくともせず。透明になったままだからこそ、若干のやりづらさもある。自分の身体が見えないので、まぶたの裏に景色だけ写した状態で目を閉じているかのようだ。


「っ、やはり無理か」


 そも、この壁と塀の隙間が人が通ることを想定して作られていないのだろう。まだ未成年で女性の最強主人公ちゃんだからこそ通り抜けられたのだ、おそらく。


「引き返してくる途中であちらも挟まるってオチが待っていることも考えられるが」


 まだ可能性の段階のソレを実現するために待っている気なんてない。


「入り込んで挟まったなら、入ってきた方向へ逆に力をかければ抜けるはずだ」


 人間の身体でそう都合よく真逆に力がかけられるかと言うと首をかしげる人もいるかも知れないが、俺には魔法がある。本来飛翔に使う魔法が。


「手足の力で無理でも、あれなら――」


 俺が自身の考えの正しさを証明するのに、そう時間はかからなかった。


「とりあえず急いでましゅ・がいあーになって『通りすがりの壁殴り業者だ』と誤魔化す最後の手段だけは使わずに済んだようだな」


 あまり慰めにはならないが、手間がかからなかったことは良しとしなければ。


「さてと、挟まったせいでずいぶん引き離されてしまったな」


 直前の失敗を活かすため、俺は塀に上った。普通にこれをやれば他者から丸見えだが、俺にはまだ透明化の魔法が効果を発揮している。声には出さず、足音も殺して進み。


「はぁ」


 追いついた先で見つけたのは切なげにため息を漏らす最強主人公ちゃんだった。おそらく盗聴が不首尾に終わったのだろう。聞きたいことが聞こえてこなかったかそもそも壁を抜けて声が聞こえてこなかったかはわからないが。


「やっぱりダメかぁ。そもそもこんなこと、よくないもんね」


 自身を納得させるための言葉を吐いているのを見ると、なんとなく協力したくもなるが、二重三重の意味でそれは出来ない。未だに最強主人公ちゃんの抱いている誤解とやらすら判明していないのだ。倫理的にも盗聴補助なんてダメだが、自身の目的も果たせず他人の世話を焼くのもダメだろう。

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