第100話「鏡」

 おそらく、行動としては俺とほぼ全く同じだったのだろう。本を運ぼうとして、手にした本が性教育の本だと気づき、慌てて隠したものの最後の最後で気が緩み、落としてことが露見した。


「まるで――」


 まるで鏡写しの様だなと思う。油断していれば、あの位置にいたのは俺なのだ。いたたまれないし、その踏み台転生者としてこの場合どう振る舞うべきだろうか。


「ふむ」


 後で踏み台にされることを鑑みると、指さしてゲラゲラ笑うとかなのかもしれないが、手伝って貰った相手にそれはありえないし、教官という立場的に見ても駄目だろう。


「すまんな、俺が落とした」

「「え」」


 だから俺がしたことと言うと、本の落とし主として名乗り出て、性教育の本を回収することだった。


「教官、その本が落ちた時、ずいぶん離れて――」

「魔法だ。俺なら魔法で可能だ。だから、俺が落とした」


 即座に教え子がツッコんできたが、ゴリ押しで通す。一見すると、最強主人公ちゃんを庇ったムーブに見えるかもしれない。だがその実、狙いは別にあった。


「最強主人公ちゃんが本を落とすところは目撃されている」


 故に、俺は名乗り出たにもかかわらず落とし主としては見られず、その本を持ち去ることで現場から去ることができるのだ。実際俺は教え子たちの視界から去ろうとしつつある。


「つまり」


 最強主人公ちゃんの様に隠した下着を教え子たちの目の前で落としてしまう前に離脱が可能。最悪の事態になる前に本を仕舞ってくるついでに下着も仕舞ってしまえば、俺自身のミスを隠ぺいできる。しかも、最強主人公ちゃんをダシにした形でだ。


「事態も収拾して、危機も去る。いいことづくめだな」


 こんなアイデアを閃いてしまった自分の才能が若干怖くもあるが、自画自賛はこれくらいにして、とりあえず問題のブツをあるべき場所に戻してくるべきだろう。歩くうち、いつの間にか教え子たちの視界から完全に外れもした。


「好意と言うのは裏返れば憎しみになる。俺を踏み台にする時の原動力が生まれたとすれば、あれにも大きな意味がある」


 とはいえ、今はまだ他に教え子も近くに居るのだ。ダシに使ったことを露見させる時ではない。


「さてと、本はここだな。一応開いて中も見ておくか」


 現状では俺が最強主人公ちゃんを庇うように言い張っているだけなのだ。ちゃんとダシに使ったというポーズも取っておく必要はある。誰がどこで見ているかもわからないのだから。


「とはいえ、夢中になって呼びに来られて目撃されるというベタなオチは避けねばならんな」


 俺はコントがやりたいわけではないのだから。


「目的を果たして、さっさと戻らんとな」


 俺が合流せねば教え子たちも勝手には帰れないだろう。


「今なら大丈夫か」


 周囲を見回し、安全を確認してから近くにあったタンスの中に、それを押し込む。


「作業完了」


 これで、俺は作者の悪意から逃れきった。






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