第97話「そして」

「あ、教官。おかえりなさい」


 表向きは引っ越し、実際は人としての生活を送る準備として寮に赴いた俺は、言葉を失った。誰もいないと思われた問題の寮の部屋の前に明らかに見おぼえのある教え子が居て、俺に気付いて挨拶してきたのだ。


「先日のアレぶりか」

「はい、そうなりますね」


 隣国に発生した竜の件で共に国境に向かう予定だった教え子の一人だが、ただの偶然でこの教え子がここに居たとは考えづらい。


「何故ここに?」

「校長先生からここに入居される方の引っ越しを手伝うようにと」

「そうか」


 話を聞いて、俺はおおよそのことを察した。先日の国境に向かう任務も郊外無用のモノ。うっかり他者にこの教え子たちが漏らさないかを監視する人員でもついているのだろう。そして、どうせ郊外無用の件にかかわって監視する必要がある人材なんだからもう一つ機密に関した作業の人手として使ってしまえといったところか。納得がいくかどうかは別として、理解はできる。


「しかし……これは」


 ひょっとして、引っ越しの応援部隊の中に最強主人公ちゃんが含まれていたりするのではなかろうか。普通に考えれば始業式まで最強主人公ちゃんと顔を合わせることはない筈だが、俺が予期せぬハプニングにあたふたする様を笑いとして読者の皆様に提供するのが作者の狙いだとしたら。


「警戒しておくにこしたことはないか」

「教官?」

「ああ、いや。こちらの話だ」


 いかんいかん、今は人前だというのに。


「それで手伝ってくれるということだったが、あの時の全員が来ているのか?」

「いいえ、流石にそれでは過剰人員になりますし、イレギュラーの娘も居ましたから」

「ふむ、言われてみればそうだな」


 当たり前と言えば当たり前の事だ。あの時のメンバーは下手をすれば竜とやりあう可能性があった。少数精鋭に絞っていた気がするが、それでも一家族の引越しのお手伝いとして妥当な人数などよりはるかに多かった。納得する一方で、俺は動揺を表に出さぬよう密かに戦っていた。


「イレギュラーの娘」


 最強主人公ちゃんのことだろう。居ると言われたわけでもないのに、単語を聞いた瞬間、微かに身体が硬直した。向こうからその単語を口にしたのだから、今回のお手伝いにも来ているのか聞くべきか迷ったが、わざわざ確認するというのはこちらが興味を持っていると宣言するに等しい。だから、聞けなかった。


「しかし、世話をかけるな」

「え? いえ、大したことじゃ……教官?」

「ありがとう」


 誤魔化すように感謝を告げて、魔法で肉体を強化した俺は動き出す。こういう時はうじうじ悩むより身体を動かすべきだ。引越し作業と言う名をかりたおっぱいお化けたちの生活の場を作り上げてしまえば、教え子たち助っ人勢も帰る。


「今後の事も考えると、いろいろ話し合わねばならんこともあるだろうしな」


 作業に現実逃避するとも人によってとるかもしれない、だが。


「うんしょ、うんしょ」


 荷物を運ぶ最強主人公ちゃんが案の定混じっているのを目撃してしまったなら、現実逃避も妥当だと思うのだ。




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