第90話「愚者と危惧」
「そも、人と人の争いは絶えた筈なので、人によっては僕たちの話を聞いてもピンと来なかったり、『どうしてそういう話になるんだ』なんて言い出す人も居るかもしれないのですけどね」
人と人が争う戦争が再び起こるなど、ありえない。そう主張する者も居るだろうと殿下は言う。
「確かに。魔物の被害も減少して平和ボケしてる人間の中には――」
居てもおかしくはない、ただ。
「そもそも、人の争いが絶えた理由は『魔物による被害を軽視できなくなったから』です」
今、この部屋にいる元竜を「魔物」と見なせば「戦争は魔物相手にするモノ」と言う今の常識の範疇に収めることは出来る。たとえ無理やりであろうとも。
「しばらく人と人との戦争がなく、人と戦うことを忌避する者がその国に育っているとしても、『竜を受け入れているから、あいつらは人間じゃない魔物の仲間だ』と人外扱いすることで忌避感を消し、口をつぐませ。魔物の被害にあった者には『仇を取れ』と敵意をあおる……先生の報告にあった魔物が発生する仕組みについては周辺国に知らしめるつもりではいるのですけどね」
「世界を見回して愚かな指導者が皆無と言うことは残念ながらなかなかありません。領土などの野心の為にとか、自身の無能を民に悟られるのを避けるために他国を悪とでっちあげた結果だとか、その複合と言うこともありますが、『戦うべき』『憎むべき』敵を探しているような輩にとって、この国が丁度いい存在になってしまう可能性はあります」
「え?」
先ほどちょっかいをかけてくる国は減ると述べた殿下が不思議そうな顔をするが、殿下の前提には一つ抜けているモノがあったのだ。
「竜の存在を直接確認したのは、被害に遭った東の隣国のみなのです。そして他の国々はどこもこの元竜の竜だった時の強さも姿も見ていない。要するに『確認できていないから竜を手に入れたなんてただのハッタリだろう』と安易に判断し、『だが竜を手に入れたと口にしたのだからそれを敵対および侵略の大義名分とさせてもらおう』と自分の都合よく考えるバカが国の指導者をしていたとすれば――」
「なるほど、無知で愚かな人間ほど恐ろしい者はありませんね」
「ええ」
誰にとって恐ろしいかと言うなら、一番はそのバカを頭に据えてしまった国の民だろうが。
「ですので、『身の程を知らないバカ』が『ケンカを売ってくる可能性』については考えておいた方が良いと思います。ゲドス辺りは普通にこの条件に一致しますので」
「ああ、言われてみれば。ただ、あの国はこの国にも工作員を潜入させたりと色々情報は得やすい位置にあるはずなのですけれど」
「現状、この元竜のことを知っている人間はごく少数にとどめています」
別にあの国に知らせたくないと言うよりも余計な混乱を招かないために情報を隠ぺいしている訳だが。
「なまじ入り込んでいる分、そこから元竜の情報が手に入らないとなれば」
「ああ、偽情報だと誤認してしまうと先生は言われるのですね。なるほど」
自分に都合のいい事実をこねこねして信じる輩だ。俺の危惧に納得した殿下は相槌を打つと、立ち上がった。
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