番外「その日・前(ノワン公爵嫡子視点)」
「くそっ」
イライラを握った拳に変えて机に叩きつけるも、おれの気は一向に晴れなかった。父上から謹慎を申しつけられて何日が過ぎたか。あれ以来、ずっと部屋の中だ。気晴らしになるようなモノは何もない。街から女を呼ぼうと小遣いを使用人に握らせたが、どこからばれたか、その日の内にこの部屋へとやって来た父上に叱責され、反省の色が見えぬと自由になる金銭も取り上げられた。
「それもこれもあの特別魔法教官とやらのせいだ!」
アイツがおれを問答無用で追い出しなどしたのが悪いのだ。あの士官学校に入学できなかったのは、試験の結果ではなくあの男が恐れ多くも国王陛下の威を借りて追い出しなどしなければ。
「ああ、思い出しただけでもイライラするっ」
だが、いまのおれには何もすることは出来ん。せいぜいがこの狭い部屋の中で罵ることぐらいだ。
「何か手は……そうだ!」
この狭い部屋に居るから何も出来んのだ。館を抜け出し、街に行けば知り合いも多い。父上に手持ちの資金は取り上げられてしまったが、顔なじみなら金だって貸してくれるだろう。もちろん、その足であの特別魔法教官とやらのところまで復讐しにゆくつもりはない。
「世には金さえ握らせれば何でもするような下賤の者がいる」
金を渡して命じればいいだけだ。そうすればこの部屋の中で無為に潰すだけの時間も吉報を待つ些少はマシなモノへと化けるだろう。
「そうと決まれば、行動あるのみ!」
士官学校へ入学するため鍛えた体がこんなところで役に立つとは何とも皮肉だが、普通に部屋から出られない以上、仕方ない。おれは窓を開けて左右上下を確認すると窓の縁に足をかけて壁へと取り付いた。造作もない。
「よ、よし」
このまま屋根に登れば、館の周辺が見渡せる。まずは抜け出しやすそうな場所を探すべきだ。確か兵法書にも陣を構えるなら高所を選べと書いてあった様な気がする。高みから周囲の状況を把握してこそ正しい判断が下せるということだろうが、こんな時にも活かしてしまう自身の智謀が我ながら空恐ろしくもなる、だが、今すべきは屋根の上にのぼることだ。
「ふぅ、ふぅ、待っていろ……くっ、特別魔法教官め」
手を屋根の端に引っかけ、ヤツの吠え面を想像しながら身体を引っ張り上げる。ううむ、思ったよりキツいがこれも雪辱のため。
「はぁはぁはぁ、ふぅ。俺にかかればこの程度」
どうということはないのだ。見たかと我が偉業を知らしめたいところだが、今見つかっては、叱責付きで部屋に連れ戻されてしまうだけだ。
「まあいい」
だから自分を納得させ。
「後は抜け出せる場所を探、っ」
周囲を見回そうとしたおれの足元、屋根が勝手におれの足を滑らせた。悲鳴を上げる間もない。くそっ、この襤褸屋根め。
「ごっ」
視界の中が目まぐるしく変わり、後頭部に強い衝撃を受けた直後おれの意識はそこで途絶えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます