第84話「公爵の館」


「ここに来るのもずいぶん久しぶりだな」


 厄介ごとを押し付けられて東奔西走していた俺には眼下に広がるノワン公爵領にも足を運んだことがあった。正確には目的地の途中にあったため通過した程度ではあったが、領地の広さもおおよその地形も把握しているし、領地を通過するということで公爵には一度挨拶もしたことがあった筈だ。


「確か、教え子を斡旋してほしいと頼まれもしたな」


 その時は断る理由もなかったためにこういう話があるんだがと教え子たちに声をかけはしたと記憶している。実際士官するかの判断は当人たちに任せ、それ以上の肩入れはしなかったが、結果的に何人かの教え子が仕官したようで、偶然顔を合わせた時とか届いた手紙で俺はことの顛末を知ったのだが。


「領地の広さを考えれば、バラバラに配置するのは当然か」


 侯爵の館に教え子がいるとしてもおそらくは一人だろう。


「宿に押し込んでも従業員に見られる可能性はあるが、それは宿だから、だ」


 透明になって空を飛び、侯爵の館の屋根に降りる。


「屋根の上ならほぼ死角だからな」


 元竜たちにはそのまま屋根の上でじっとしていてもらい、俺は屋根から降りて透明になったまま館に忍び込む。


「……というところまでは考えたというのに」


 脳内に広がる地図の中、侯爵の館の中にわかりやすく敵対反応があった。


「まさか、探す必要もないとは……いや」


 可能性としては考慮していた。ただ、拍子抜けしただけだ。


「とりあえず、屋根に降りるぞ?」


 未だぶら下げたままのおっぱいお化けと幼女に確認しつつ、俺は高度を下げる。


「しかし、流石公爵の館と言うべきか」


 広さといい高さといい、俺の勤める士官学校と張り合えず規模があり、脳内地図の示す推定バカ息子の反応は俺達が下りようとしている屋敷からは独立した別の棟にある。


「屋根の位置より高い場所位置から反応があるのが気になるところだが、広さと傾度を考えると向こうの屋根には降りられんしな。……ふむ」


 降下しながら窓を覗き込むと、こちら側に面した部屋にあのバカの姿はない。おそらく、反対側に面した部屋にいるのだろう。


「しかし」


 索敵用の魔法は本当に便利だと思う。館の中には見方を示す反応も一つ存在したのだ。こちらはおそらく教え子のものとみて良いと思う。


「どうしまして?」

「探していた相手の居場所が判明した。すぐ戻ってくるからお前たちはこのまま屋根で待っていろ。俺が離れると透明化の魔法は維持が難しくなる、なるべく姿勢を低くして、向こうの窓から見られないように気をつけろ」


 尋ねてくるおっぱいお化けに説明がてら注意すると、俺は屋根から飛び降りたのだった。

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