番外「とある村の午後(村人視点)」


「おい、軍人さんだ! 軍人さんが来たぞ!」


 夕飯に使う時間のかかる素材の下ごしらえを始めようとした時でした、主人が家に駆けこんできたのは。


「軍人さん、ですか?」

「ああ、間違いねぇ! しかもお偉いさんだ! 軍人さんがいつも来てる服を着込んでたし、ブーツもそういう奴だった。その上、ずっと前に一度だけ見たことのある、お偉いさんのつけてる……なんだ、そう、階級章だったか、そういうのがついてるのも見えた」


 問い返せば夫は興奮した様子でまくしたてると私には目もくれず部屋を見回し。


「おい、シアンは、シアンはどこだ?」

「今なら広場で遊んでると思いますよ」

「くっ」


 娘の名前を口にしたので答えると、顔を歪めて飛び出してゆく。どうやら夫は軍人さんが来たのをよくないことの兆しと見たようだ。


「あの人の早合点かもしれませんからねぇ」


 夫はそそっかしい人である。話を聞いた限りだと、軍人さんの姿を見たと言うだけであり、その軍人さんがこんな国境近くの小さな村に何をしに来たのかもわからない。


「下ごしらえはここまでにするしかありませんか」


 手を止め、材料をしまうと、手を洗ってから前掛けで拭い、私は夫の飛び出していった戸口へ向かい。


「失礼する」


 聞き覚えのない男性の声が外から聞こえたのは、ちょうどその時だった。


「はい……あら?」


 応じて戸を開ければ、夫の言っていた軍人さんだろう。明るい色合いの髪をした男の人が娘と同じくらいの女の子を伴って、外に立っていた。


「……そうですか、迷子を保護されたと」

「ああ。探してみたが周囲に親もなく、この娘も着替えなどは持ちあわせていなくてな」


 聞き込みがてらこの村に子供を持つ夫婦が居る、つまり私たち夫婦の事を聞き、子供用の服を求めてやってきたらしい。


「それは大変でしたね。娘の服の予備でよろしければお持ちください」

「そうか、すまんな」


 軍人さんは代金だとお金を置いてすぐに立ち去られ。


「今帰ったぞ!」


 夫が娘を抱えて戻ってきたのは、軍人さんが帰ったあとのこと。


「は? そんな用件でうちの村によったのか、あの軍人さん」

「ええ、そのようですよ。服の代金にとお金も置いてゆかれましたし」


 結局夫の早合点からくる空回りだったということでしょう。夫は恥をかいたかもしれませんが、この村に何かがあったわけではなく、密かに私は胸をなでおろし。


「ところで、迷子を保護したって話だったけどな」

「はい」

「あの辺は、なんもねぇぞ? 村はおろか道もなんもねぇ」

「えっ」


 おもむろに再び口を開いた夫に相槌をうっていた私は、予期せぬ事実に言葉を失う。


「そんなところに幼子一人とか……」

「っ」


 尚も呟く夫の声に私は軍人さんの置いて行ったお金へと目が行き。ひどく不気味なモノに思え始めたそれを家具の下に押し込んだのでした。


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