第70話「だから事案ってゆーな!」*


「さて」


 歩きながらすべきは、隣をゆく幼女に人間の常識を教えることなのだろうが、俺は敢て意識を外ではなく内へ向けた。寄せられたコメントがないかまず確認したのだ。


「ほう」


 確認できた新規コメントが複数件。


『追い付くまでコメント我慢するつもりでしたが、これはツッコミを入れざるをえない……!』


 とあるのは、おそらく過去の部分に頂いたコメントなのだろうが。


「なるほど」


 遡って対応する過去でコメントが知覚出来たらタイムパラドクス的な事故が起きてしまう。ならば、過去の事柄に関するツッコミを今知るのはやむを得ないことなのだろう。


「しかし、『見たことのある恰好』か」


 素性を明かせないものは顔を隠す。故に似通った格好に落ち着くとかそういうことなのかもしれない。覆面は割とよくある設定であろうし、半裸とか高露出度の恰好は服装のバリエーションの一つ。数多ある覆面をした人物の中には似通った格好の人物がいたって俺は驚かない。


「そんな感じで納得していただくとして――っ」


 次に寄せられていたのは、魔法による変身についての懸念。


『体の見た目はごまかせても、握手の感触とか大丈夫だったのかな?【あれ? 意外と細い指なのね】……とか』


 なるほど、握手と言うことは、隣国の姫に右手を確保されたあの時のことだろうか。ならば、問題はない。俺の使う変身の魔法には触感を誤解する催眠術に近い効果が伴っているからだ。竜を悶絶させた魔法もそうだが、俺の魔法には幻を現実と誤解させる催眠に近い効果を持つモノが多い。


「強い幻覚は肉体をも誤解させる」


 幻の剣で斬られた者が実際斬られたと錯覚し、命を落とす。この幻覚を用いた魔法の便利なところは対象以外に被害を及ぼさないところにある。範囲攻撃魔法は敵の肉体のみに被害をもたらし、周辺の地形に何も害を及ぼさない。


「使い勝手が良ければ多用し、多用するからこそ精度が、錬度が上がり、より精密で強力なモノへと変わってゆく」


 俺の魔法がそちらに偏って行ったのも当然のことだった。逆に言うなら、作った魔法がそちらに寄ってしまうということでもあり、変身の魔法もそんな一例であったりする。


「欠点になるどころか、逆に欠点を埋める効果をもたらしているとなればな、わざわざ催眠の要素を取り除く必要もない」


 もちろん身体をずっと密着させて半日とか過ごせば誤魔化しきれないだろうが、短時間の接触で疑問を抱かれるようなお粗末な魔法でもないと俺は思っている。


「そしてコメントはあと一つ、か」


 今更保留する理由もない。俺がすぐさま拝読させていただき。


『全裸展開は予想していたが、幼女は想定外……でも、番の相手候補からは遠ざかったのかな?』


 無言でちらりと幼女を見る。俺としても幼女は想定外だったが、こう、何というか幼女これと俺が番になったら完全に犯罪だろうし、番になる以前に幼女を連れて歩いてるだけで微妙に落ち着かない。理由はわかっている、前世の記憶が囁くのだ。


「この光景、第三者に見られたら通報されるんじゃない?」


 と。

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