第58話「なぜこうも予想は裏切られるのか」


「弟子」


 問いではなく反芻しただけの単語にはいと返事が返る。


「お姫様が変態に弟子入り」


 ツッコミどころしかない。求婚ならまだ分かった。上から目線で士官しろみたいなのも言われたところで即座に拒否するだけだが、まぁ自身の権力に絶対の自信を持つ阿呆だったとしても驚くことはなかっただろうッ。だが、弟子入り。


「何故王族の身分で直々に弟子入りを望むッ? 弟子入りさせるならば騎士見習いとかの方が自然だと思うのだがッ」


 すでに騎士になっている人物は伸びしろの問題で除外するとして、若くて伸びしろがあるという理由で選んだとしても王族は不適当だ。自由になる時間が限られた王族では鍛え上げるのに割く時間も確保できるか微妙な上に、百歩譲って弟子入りして相応しい実力を身に着けたとしても、今度は震える機会と時間がない。


「物語の中に出てくる王族の義務をほぼ放棄し、お忍びで漫遊の旅に出ている王族でもなければ学んだとしても宝の持ち腐れだッ!」


 故に俺はそれを口実に断ることができる。だからこそ、読めなくもあるわけだが。


「ご指摘はもっともです。わたくしも思いついたのはつい今し方のこと――」


 俺に問われた姫は頷いてから話し始めた。


「わたくしは貴方のことを殆ど何も知りません。何処で生まれた方なのか、伴侶が居られるのか、そして……わたくしが夫にと望んだら受け入れて下さるのか。そんな状況で求婚するほど考え無しではありません。ですが」

「成る程ッ」


 弟子入りなら求婚よりハードルが低い、と言うことかッ。


「求婚と比べれば弟子入りの方が反対も少なかろうなッ」


 この姫君なりに考えての決断だったと言うことなのだろう。それに弟子入りしたから求婚してはいけないというルールもない。


「まずつながりを作り、お互いを知った上で次の段階に進む」


 だいたいそんなところと俺は見たッ。


「だが、断らせて貰うッ! どこかに身を置き縛られては力なき者を思うように救うことも出来なくなるッ! 俺としてはそれは避けたいッ」


 と言うか、世を忍ぶ仮の姿で拘束されては、元の生活も送れなくなってしまうッ。


「それだけだと言うならば、俺の話も以上だッ! 失礼するッ」


 最後に背中を見せつけるようにポージングしてから、俺は歩き出す。想定外のところで時間をロスしてしまったッ。


「しかし、結婚かッ」


 もういっそこの姿は既婚者と言うことにしておいた方が後々の為にも良いのだろうか。


「だが、夫婦生活について問われた時、ボロを出さずに済むかどうかは妖しいなッ」


 悩みどころではある。


「まぁ、その話も後だッ」


 今は竜の問題を片づけて帰路につく方が先だ。未だ慣れないのか、奇妙なモノを見る目を向けてくる兵士とすれ違いつつ俺は先を急いだッ。






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