第50話「その理由」*


「躊躇う理由はただ一つ、『ましゅ・がいあーとスーザンに面識があるということにしなければならない』からだッ」


 赤の他人だから好意とか興味とかもたれない様に変態要素盛りだくさんにしたことが知り合いになった瞬間転じて仇になる。


「だがもう他に取れる手段はないッ、となれば覚悟を決め――」


 決めようとした時であった、俺がコメントが増えていることに気が付いたのはッ。


『格好いいましゅさんは分身の魔法を思い付く、と言いたいところだけど、もう本人だとカミングアウトするしかないような?』

「ぬうッ」


 さっそく拝読させていただいたコメントには唸らせるものがあった。実を言うと分身の魔法は以前何度か開発しようとしたのだ。純粋に手数が増えるだけでなく別行動させれば一人でいくつもの事態に対応できる。押し付けられる厄介ごとを分身に任せられたら自分も少しは楽が出来るのではないかと思ったのだ、だが。


「試作の途中で問題点が発生して開発は断念したッ、そうあれは分身の制御についての問題だったッ」


 制約なし、で無限の自由裁量を与ると、オリジナルにとって代わろうと反乱を起こす恐れがあり、制約を課すなら課すで頭が痛くなりそうな程詳細な設定を必要とすることが判明したのだ。一つの国の法律をすべて一から作り出すのを思い浮かべてもらえばよいだろうかッ。


「がんじがらめにしないと、俺の分身だ。制約の穴を突こうと創意工夫するのは間違いないッ」


 自分が誰かに隷属させられた場合、俺なら同じ行動をとる。


「自分を分身だと認識したうえで協力してくれる分身を作るというのも考えたが、あちらは自身の精神もいじらなくてはいけないようだしなッ」


 こっちは下手をすると俺が発狂したり廃人になるリスクと隣り合わせだッ。当然こちらもリスクがでかすぎると開発は断念した。


「それならまだここに来る予定だった教え子の一人を掻っ攫って事情を明かし、『ましゅ・がいあー』か『スーザン』どちらかのふりをしてもらった方が話が早い」


 結局秘密を知る他者が増えてしまうという意味では賢くない選択だと思うッ。


「やはり、あれをせざる負えないかッ」


 俺はおもむろに周囲を見回すと、周囲に誰も居ないのを確認してから姿を透明にし、空に向かって魔法を放つ。見た目だけ派手な、遠くからでもよくわかる魔法。いわば合図だッ。


「説明しよう。これはましゅ・がいあーが知り合いであるスーザンに向けて送った『ここは俺に任せろ』と言う意味合いの合図なのだッ」


 対外的にはそういうことにして、スーザンとして現れた俺が合図の事を説明して去れば、あとはましゅ・がいあー一人で大丈夫と言う寸法だ。もっとも、それだけだと教え子たちが関所に向かってきてしまうので、何とかしてもう竜の問題は片付いたからとスーザンの姿で伝える必要があるが。


「そこは竜の安全性を知らしめてから急いで引き返して……と言うことでなんとかするしかないッ」


 先ほどの魔法を目撃したのであろう。集まってくる兵士たちを透明になったまま眺めながら、俺は一旦関所を後にするのだったッ。

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