番外「厄日に訪れたモノ・後(???視点)」

「当人、いや当竜から裏付けは取ってある」


 変態の口から飛び出してきた答えに、私の口からはオウム返しの言葉が漏れていた。


「裏付け?」


 しかも竜からだと言う。


「竜は人語を解するッ! 竜が言うにはこの国の人間に声をかけようとしたら『シャベッタアァァァッ?!』と狂ったように騒いで逃げ出したそうだ。よって、少なくとも竜が喋れることを知る者はこの国の中に入るはずだッ! ここに逃げて来ているかは知らないがな」


 どういうことかと聞くよりも早く変態は答え、向けた視線の先に居たのは、この関所に押し寄せた難民たち。おそらくはそう話せば名乗り出る者が居るのではないかとこの変態は思ったのだろう。だが難民たちはざわめくばかりで名乗りを上げたりする者は一人として現れず。


「要件がそれだけなら俺はこれで失礼しようッ! 竜を連れてきて当竜の口から話を聞いた方が早いッ!」


 誤魔化したなこの変態と心の中の冷静な部分が呟く。同時にこのままいかせては不味いとも思った。


「そうはいかん。そもそも竜を軍門に下したという話も完全に信じている訳ではない」


 にわかには信じがたい話ばかりなのだ。嘘や大ぼらと決めつけてもいいぐらいの荒唐無稽さだったが、ここで私が嘘だと言えば、この変態はなら証拠を見せてやるとばかりにそのまま立ち去っただろう。完全に信じている訳ではないという言い回しにしたのも、変態をこの場につなぎとめるためだ。


「人語を解するなら、竜が人を襲うのにちょうどいいと判断して負けたふりをしていることだって充分考えられる」

「むッ」


 変態の言い分を前提とした疑問定義になるのは少々複雑ではあったものの、効果はあったらしい。私は唸る姿を見て、どう畳み掛けようか考え始め。


「笑止ッ。わざわざそんな回りくどいことをする理由がないッ」


 笑い飛ばされ、考えが甘かったと知る。いや、変態なのだからそもそも論理的なやり取りができなかった可能性もあるが。


「しかし、このままでは平行線と見たッ、そこで、提案だッ!」


 返す言葉を思いつくよりもはやく変態は口を開いた。


「恐らくそちらは『この関所へ竜に押しかけられたくない』と見たッ! 俺の言葉が虚言であっても難民たちが恐慌に陥ったりするのではないかと言う懸念もあって声をかけてきたのだろうとも思っているがッ、だからこその提案でもあるッ!」


 どうやら、こちらの状況もある程度理解はしているらしい。そうなると、この変態が何を提案するかもおおよそ予想はつくと言うものだ。


「ついてくるが良いッ! ここに押しかけられるのが問題なら、見届け人を出向かせて確認すれば何の問題もあるまいッ? こちらから見届け人の条件指定はしない、人数も自由だッ!」


 確かにこちらから足を運べば、竜にこの関所へ押しかけられるよりはマシだろう。この変態の言うことが正しかった場合の話だが、今更嘘と決めつけたところで証拠を見せてやると言う名目でただ去ってゆくだけだろう、この場に混乱の火種を残して。


「……はぁ」


 認めたくないが真実なら、竜の問題は一応の解決を見る。ただの大ぼら吹きだった場合、二度と戻ってこず、難民たちに混乱の種が残ったまま。竜に騙されていた場合に関しては考慮する意味さえない。騙された変態がここにいるとなると、竜はすぐ近くまで来ている筈なのだから。ここには竜を打倒しうるような戦力はない。足止めも不可能だ。兵たちは難民の相手で消耗している。もっとも、万全の体勢だったとしてもおそらくは蹴散らされて終わり。大国を滅ぼすような化け物相手では、相手が騙すつもりと知っていたところでどうにもならない。


「返答はいかにッ?」


 変態は既にわかっていたのだろう、この状況では私に選べる選択肢などあって無いようなモノだということも。


「わかった、見届け人は出そう」

「了解したッ!」

「では――」


 私とて無条件で従うつもりはないし、そもそもこれからすぐあの変態についてゆけなどと言う命令を兵に出すのは不可能だ。


「見届け人の選考や準備などに時間をもらいたい」

「ぬッ」


 条件付けをすると、奇妙なポーズをとっていた変態が呻く。まさか、想定外だったのだろうか。普通に考えれば準備が必要なことぐらいわかりそうなものだが。


「仕方ない、俺は一足先に失礼しようッ! 準備に時間がかかるというのはもっともなこと、だがそれを待っているだけでは時間の浪費。なら、その時間を利用して俺は場を整えるッ!」


 まくしたてるということはやはり想定外だったのか。いや、そういう問題ではない。


「準備が出来たら再び戻って来ようッ! 俺の名はましゅ・がいあーッ、再訪を約束せし男だッ!」

「待て、話はまだ終わっては――」


 制止の声をかけるが、変態はそれを無視して去ってゆく。


「くっ」


 何だったというのか、あの変態は。


「やむをえん」


 見届け人を出すと言ったからには、準備はしておかなければならない。


「しかし、隣国の事情にはそれなりにくわしいつもりだったのだが……」


 まさかあんな変態が存在するとは思っても居なかった。しかし、竜と戦ったと言っていたということは、アレが我が国における最精鋭の様なモノだったりするのだろうか。


「頭痛がしてきた……そういえば、姫君に出したお茶がまだあったな」


 私は飲もうと呟く。この状況、飲まずにやっていられるかとは思うが職務中の飲酒など部下にも示しがつかないし、今は緊急事態なのだ。


「願おう。あの変態が戻って来るよりも早く、光明を見出せるものが届くことを」


 我が国の最高戦力をなどと言う贅沢は言わない。相手が竜となれば、差し向けられる援軍にあの魔法製作者殿が含まれている可能性もあるが、それはあくまで私の希望的観測にすぎない。だが願わずにはいられなかった、救いの手が差し伸べられんことを。


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