番外「厄日に訪れたモノ・前(???視点)」


「粗茶ですが」


 あの時そう言って隣国の姫君に勧めたハーブの茶を私は嘆息してから一気に呷った。


「精神を落ち着かせる上に魔物除けとしても使えるハーブ、か」


 何杯目のお茶かは考えないことにし、天井を仰いでつい先ほどの出来事を思い起こす。


「竜、難民、姫と来て……最後に変態か」


 私の平穏はつい先日、あっさりと失われた。隣国に竜が発生したという知らせが届いたかと思えば、事の真偽を確認するよりも早く難民たちが押し寄せてきたのだ。王都には足の速い馬に乗せた伝令を送った。返ってくるのが伝令の持つ指示かそれとも援軍か。距離を考えればすぐ反応が返ってくるとは思わない。だから、国境沿いの関所の最高責任者たる私にできるのは、難民の浸入を防ぐことぐらいだ。おそらく、それにも限度がある。


「まったく、……あの日が、竜の発生を聞いた日が厄日だと思っていたが、私は甘すぎた」


 日に日に増えて行く兵の負担、待てど暮らせどやってこない王都からの指示。この状況を決定してしまったという意味では、あの日が厄日で正しいのかもしれないが、もはや難民を押しとどめられるのも時間の問題かと思われたところで、やって来た隣国の姫君。


「態度や口調まで変え、なだめすかしたつもりだが……」


 正義感か義務感か。これがまた厄介な相手だった。難民を一時的にでも貴国に避難させてほしいと頭まで下げてきた。だが、わかりましたと頷くわけにもいかない。のらりくらりとかわし、誤魔化していたが、今度は変な男が現れたと部下が報告してきた。


「変な男が現れた程度でいちいち報告するな」


 人によってはそう叱責したことだろう、だがこの関所が非常事態なのは部下もわかっている。その上でわざわざ知らせて来たのだ。隣国の姫君の相手から一時期逃れられるという打算もあった。


「俺の名は――そう『ましゅ・がいあー』ッ! 額に古代文字で変態を冠する男だッ!」


 そして外に出た私が目にした男は、色々な意味で正気を疑いそうになる人物だった。ほぼ下着と覆面しか身に着けて居ないいで立ちで、覆面の額には何やら見慣れぬ文字がある。しかもその内容は変態。なる程、違わず変態なのだろう、ただ。


「お前たちの中にも竜を見た者が居たかもしれないッ。俺はそれと戦ったッ!」


 半分あっけに取られて私が向けて居た視線の先で変態はとんでもないことを口にする。


「竜と戦った」


 変態は間違いなくそう言った。思わず耳を疑いそうになったところに、今度はその竜に勝利して軍門に下したとのたまう。冗談でももっとマシなものがあるだろうと思うが、格好が格好なだけに気がふれているとか空想と現実の区別がつかなくなった狂人と言うセンもありうる。しかも、この変態、難民たちの前で竜を自分にかしづかせると言ったことも口にした。


「待て」


 私の口からとっさに声が漏れた。このままあの変態に好き勝手を許すわけにはいかない。


「竜を軍門に下したと言ったな?」

「いかにもッ」


 確認をするように声をかけると、変態は筋肉を誇示するかのような妙なポーズと共に答えた。


「その証拠を披露するため、今から引き返すところなのだッ! ご用件は手短に頼むッ!」


 身勝手な言い分に私は言葉を失いつつ覆面の穴から覗く変態の目を見る。まっすぐだった。虚言を用いいつ嘘がバレるのではと不安に揺れるようなモノではなく、自信に溢れたまっすぐな眼差し。これで発言者が我が国でも一番の魔法の使い手と言われる人物であれば、ひょっとしてそういうこともあるかもしれないと少しぐらいは思ったかもしれないが。目の前にいるのは、あの魔法作成者とは色々な意味でかけ離れた頭のオカシイ人物である。


「それはここに押し寄せてきた難民たちを追い立てた竜で間違いないのか?」


 見た目は信用に値しないが、情報も足りない。生じた沈黙を破る形で私は尋ねた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る