第41話「難民よ、これが変態だ」


「かくして俺は国境に到着したッ!」


 両手の人差し指で国境に建つ関所を示しつつ、俺ことましゅ・がいあーはポーズをとったッ。無論、現実逃避であるッ。結局、内容がまとまる前に到着してしまったのだ。あまりもたもたしていれば竜が追い付いて来る。飛ばすのはやむを得ないことだったと思うが、よもやこのようなことになろうとはッ。


「おい、何だあれ」

「飛んできたぞ……」

「人、だよな? 竜じゃないよな?」


 そして俺はむちゃくちゃ見られても居た。速度と空を飛んで来たことを加味すれば、無理もないことだッ。


「気になるか、ならばな名乗ろうッ!」


 とりあえず、名前を周知させることで時間を稼ぎ、説得内容を少しでも考える。せこいというかもしれないが、考える時間が今は貴重だッ。コメントに頼ろうかと思ったが、確認したところ0件だったのもある。


「おい、あれ……覆面みたいなとこに何か書いてあるぞ?」


 目の良さからすると、猟師か何かなのか、難民の一人が俺を見て声を上げた。こう、何も名乗りを上げようとする瞬間を狙わなくてもいいだろうにとも思ったが、袋を使った覆面の額部分に古代文字を浮かび上がらせたのは、俺だッ。


「うん? しかし、何だありゃ? 読めねぇぞ?」

「見たこともねぇ文字だな」

「ん……アレは確か、古代文字だ。爺さんが集めてた本で似た文字を見たような気がする」


 竜を恐れかなりの人々が集まっていたからだろう。俺の額を見て騒ぐ群衆の中に文字の種類を言い当てる者が出る。これはひょっとして文字の意味に至るのも時間の問題なのではないだろうかッ。


「『変態』だ」


 たぶん俺はそんなこと考えずにさっさと名乗っておくべきだったのだ。


「変態?」

「言われてみればもっともだ」

「と言うか、変態以外の何者でもないな」


 顔を見合わせた難民たちが話す声は俺にも聞こえていたッ。


「俺の名は――そう『ましゅ・がいあー』ッ! 額に古代文字で変態を冠する男だッ!」


 正解を指摘されて認めないのは、ましゅ・がいあーに非ず。だからこそ潔く認めるところは、認めた。


「そしてこの国に竜が現れたと聞き……立った男だッ!」


 はせ参じたと言おうと思ったが、ここは国境。密入国がバレたら問題が増えると思い立ち、即興でぼかすと、竜の単語が出た時点で難民たちが騒ぎ出す中、俺は続け。


「お前たちの中にも竜を見た者が居たかもしれないッ。俺はそれと戦ったッ!」


 ぐっと拳を握り空へ突き出しながら、周囲を見回した。


「竜と戦った?」

「あの変態、おかしなのは恰好だけじゃな――」

「待て、戦ったというけど、あいつ怪我一つしてねぇぞ?」


 反応はいまひとつ、どころではない。残念なモノを見る目、明らかな疑いの眼差し、非好意的な視線が俺に突き刺さるッ。もっとも、こんな格好の上に無傷では説得力がないと言われても仕方ない。


「疑うのはもっともだッ! 故に俺はこれから証拠を見せるべく少々引き返す。荒唐無稽な話と思うかもしれないが、このましゅ・がいあーは竜と戦い、竜を軍門に下したッ。百聞は一見にしかず、俺が竜をかしづかせる姿を目撃すれば、どうかッ?」

「な」

「……やっぱりあいつ頭おかしいんじゃ?」


 驚きの声があれば、ひどい言いようもある。だが、それもすべて竜が無害なところを見せれば疑いは晴れるだろうッ。そう思い俺は踵を返し。


「待て」


 歩き出そうとしたところで、呼び止められた。


「竜を軍門に下したと言ったな?」


 その声には聞き覚えがあった。


「いかにもッ」


 振り返り、ポーズをとりつつ俺が目撃したのは、お姫様の応対をしていた、この関所の責任者らしき男だったッ。

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