第37話「そして、俺は――」*


「むッ」


 上がったテンションのまま竜に仕掛けようとしたところで、俺は気づくッ。コメントだ、コメントを頂いていたことに。迷いはした、今は戦闘中なのだッ。だが、ましゅ・がいあー的にはきっとそんなところには拘らないだろう。不可視だから大丈夫などと慢心したわけではない。寄せられたコメントに俺が見逃している落とし穴を指摘していただいているモノがあることだって十分に考えられるのだ。


「拝読する」


 それ以外の選択肢はあり得なかったッ。


「ッ」


 そして、戦慄したッ。どんどん丸め込まれているというご指摘、俺はコメントを確認するまでそれに気づかなかった。まぁ、ましゅ・がいあーの深く考えるより行動だ的な性格部分の弱点を突かれたからかもしれないが、言われてみれば、今の俺はどうにかして竜のお婿さんにならない様にと動かされているッ。最初から強く拒絶して置けば、こんな回りくどいことをしなくても良かったのではと思ったのは、ちょうど今しがたの事。


「おーっほっほっほっほ、流石わたくしを見ても逃げなかっただけの事はありましてよ」


 頂いたコメントに意識を幾らか傾けつつ、視界の中に捉え続けていた竜が再び高笑いするッ。その上機嫌さは俺相手に梃子摺っている現状からくるモノだとは思うが、丸め込まれているというご指摘を受けた後だと別の意味にもとれ。


「そろそろ仕掛けてくるかしら? ふふ、よろしくてよ」


 俺に向けてと思しき言葉に俺は無言で応じた。


『ほんとに元草食んでただけの動物か?』


 頂いたコメントの末尾にあった感想、おそらくこの竜についてだろうが。確かに、ただの動物が変化したモノにしてはやたらと知能が高く感じるッ。好んで食べていたという草がこの国特産の特殊な効能を持つハーブだったというのがひょっとしたら原因なのだろうか。動物を竜へと変えた何かは人を憎ませるように仕向けるモノだったとも、この竜は言っていた。


「むうッ」


 もし、竜と化すことで知能も異常に高まるとしたら、何故俺は思い出したくない竜に勝てたのか。それはおそらく、人を憎むあまりに視野狭窄になって高くなった知能を十分に活かせなかったとかも理由にあるのではないだろうかッ。逆に言うならこの竜はその弱点を完全に克服した存在ッ。何と厄介な存在か。


「意外と慎重ですのね……それともわたくしに見惚れて動きが取れないとか? 今更それはありませんわね」


 俺が警戒する中、竜は訝しみ好き勝手なことを言っていたが、俺が動かない理由は警戒していただけではないッ。まだ頂いたコメントがもう一つあったからだッ。


『あまり長い間 ましゅ・がいあー のままでいるとその内自我の境界線があやふやになりそうで怖い』


 そのコメントは、俺に衝撃を与えたッ。別人を装うためにキャラを作り、入れ込み過ぎているのではないかと気づいたからだ。終わらせよう、俺を取り戻すためにもこれ以上戦いは長引かせられないッ。


『しかしこの先生、他人との会話の最中に全く関係の無い事を考えだして人の話は聴かないわ、挙句迂闊に思考漏らして疑問をもたれるとかこのガバガバさはどうにかならんのか……』


 ただ、わかって欲しいッ、そんな続くご指摘が耳に痛すぎて勢いでごまかそうとしたとかでは決してないのだとッ。ちなみに全然関係ないことを考え出す癖は前世から持ち込んだモノであり、なじみ過ぎてご指摘いただくまで軽く見ていたのは否めない。そこは猛省しておくべきだろうッ。


「『上手いこと相手が勘違いしてくれてるから問題になってない』か……」


 声には出さず胸中でそう呟くと、覆面で隠した表情に苦みが走るのを自覚する。反省すべき点は、多々。ましゅ・がいあー じゃなくてもかなりやべーやつになってしまうのは避けねばなるまいッ。


「透明にしてそを殺すモノ」


 完成させた魔法を俺は竜に向けて解き放つ。割とかっこいい態の魔法名のつもりだが、その効果は凶悪にして悪質。幻の感覚を持って相手を攻撃する魔法の一つであり、攻撃する相手として主に獣を想定し作り上げた、本来は存在しない強烈な悪臭で相手の嗅覚を殺すことを目的とした魔法だ。この魔法を選んだ理由は実にシンプル。他者に嫌われる要素として思い浮かんだのが、臭いと汚いだったからである。


「こ、ぶぇっ?!」


 そこから先は、言葉にならないようだったッ。竜は鼻先を両前足で押さえてのた打ち回り、内部を空洞化した地面が竜の自重を支えきれずに陥没する。


「勝利ッ!」


 それでいいのかと言うツッコミは受け付けないッ。俺は見事に戦いに勝利したのだから。

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