第36話「自重を捨てて」


「『適度に嫌われる』と『実力を認めさせる』」


 くどいかもしれないが、目の前の難敵を相手にこれを為すなら、割と手段は選べないッ。


「おーっほっほっほっほ」


 風が轟いた。視界の半分を竜の巨体が埋めた。何か考える間も竜は仕掛けてくる。思考力全てを問題解決の為に割くことなど許してはくれない。とっさの判断と脚力強化の魔法に助けられて俺は横に飛ぶ。


「防戦一方はよろしくないッ」


 だから、ここから反撃に繋げようと思えば、切れる手札つかえるまほうは無数にあるッ。もっとも、一度切って見せてしまった手札まほうはもうこの竜には通じないと見ていいだろう。


「それだけなら、まだいいッ」


 この竜は己の内にある力で肉体を変化させられると言っていた。俺が見せた魔法をヒントに厄介な特殊能力を備えた形態にでも変異されたら面倒なことになるッ。


「事態は最悪を考えて、自分は決して驕らないッ」


 それがましゅ・がいあーなのだッ。そして驕らないということは、相手を格上と見て制約がないなら全力を尽くす。


「説明しようッ! 面倒なことになるなら、その前に勝てばいいのだッ」


 自重を捨てる。良識まで捨てるつもりはないが、それぐらいせねば為しえない難事が前にあるのだッ。


「え」


 竜が驚きの声を上げた。だが、戦場にほとんど変化はないッ。変わったのは、俺が不可視の存在となったことぐらいだ。


「なる程、そうやってわたくしの近くまで――」


 出会った時のことか、それともこれから俺がどう動くかについてのことか、竜は独言し。俺は密かに次の魔法を発動させる。


「っ、これは先ほどの」


 地に降ろした竜の前足の片方が、地面を突き破り沈み込むとっさにもう一方の前足を前方に突き出して転倒を免れるが、明らかな隙が生じ。


「いけませんわ。体勢……を?」


 身を起こそうとした竜の動きが、一瞬止まる。


「何故」


 明らかな隙があった。だが、攻撃してこなかったことを訝しむ。その疑問はもっともだッ。だが、理由は簡単。俺は竜が体勢を立て直そうとしている間に次の仕込みに奔走していたからだ。


「一つ二つの落とし穴で出来る隙などたかが知れているッ」


 しかもブレスの噴射で短いとは思うが、相手は飛ぶこともできるのだッ。だから竜がこちらを見失った今こそ好機と、俺は表面を残す形であちこちの地面の中に空洞を作りまくった。


「さてッ」


 俺の目論見に気づくのはいくつか空洞を踏み抜いた後だろう。もちろん、察すまで黙ってみて居るつもりもないッ。ましゅ・がいあーのキャラではなく俺の本質的な方だが、あいにく嫌がらせは苦手ではないのだッ。自慢できないことではあるが。昔、軍団を率いて戦うゲームでひたすらゲリラ戦をしたことがあった。少ない戦力で自軍側の領土を防衛できたからだが。


「これも昔取った杵柄と言うやつかッ」


 経験とは思いもよらないところで役に立つものだと思うッ。後はこの嫌らしい戦法で竜が俺を適度に嫌ってくれればいいのだが。嫌がらせされるのが大好きなドMとかだったとかでなければ、きっと大丈夫だろう。


「俺は逃げきって見せるッ」


 そのために自重は捨てたのだッ。


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