第30話「竜」
「何だとッ?!」
驚きだった。索敵魔法の脳内地図で赤い敵の存在は警戒していた筈なのだッ。
「いったいどういう……あ」
ひょっとして、透明になってこちらを認識していないから、敵意を抱かず赤で表示されなかったというロジックなのか。
「いや、それはないッ! あの魔法の敵の定義は『こちらを見たら確実に襲い掛かってくる者』と『こちらに一定以上の敵意を持つ者』の筈ッ!」
後者は透明になっていれば敵対反応にならないこともあるが、魔物は総じて人に敵意を持っているのだ。視覚で認識せず存在を知らないという曲解した理由で敵対反応が出なかったことにしようとも「こちらを見たら確実に襲い掛かってくる者」の方が引っかかるので、やはり敵と認識される筈なのだッ。
「竜の格好の張りぼてを中の人間が動かしてるとかなら敵対反応にはならないだろうが――」
件の竜らしき存在は鹿っぽく軽快な足取りで跳ねていらっしゃるッ。張りぼてであの動きはあり得ない、やろうとしたら重力とかで中の人が死ぬッ。
「というか」
改めて脳内マップを確認すると、竜らしき存在の表示はちゃんと出ていたッ。ただし、これまで見かけた難民などと同じで中立を意味する色と印でだ。
「中立ッ?」
謎すぎる。ひょっとしたら俺の様に魔法で姿を変えているのだろうか。この世界の人々の魔法の使い方を考えると、そんな魔法の使い手はあり得ない筈なのだがッ。
「まさか……転生者ッ?!」
ふと思い至るモノがあった、だが複数転生者は読み手からすると地雷だと言われていた気がするッ。早まるなと届くかどうかわからない声を心の中で発しつつ、俺は透明化のみを解除するッ。
「説明しようッ! 奇襲を仕掛けるなら持ってこいだったかもしれないが、このましゅ・がいあーは中立の相手にそんなことはしないのだッ!」
礼儀としてもだが、相手の出方もわからない以上、姿を現して様子を見るッ。それが俺の下した決断だった。
「おーっほっほっほっほっほ、あら?」
相手の脚力および速度を鑑みれば当然ことだが、接触までに大した時間はかからない。竜も俺のことを認識したのだろう、高笑いをやめて足を止める。
「と いうか、 なぜ たかわらい してるんですかね?」
そうツッコミを入れることをどれだけ自制したことかッ。
「珍しいですわ。人間が逃げもしなければ『シャベッタアァァァッ?!』と狂ったように騒ぎもしないなんて……」
「なぜその二択なのか若干聞きたくもあるところだが、敢えて置いておくッ!」
こちらを人間呼びするということで、人の魔法使いが姿を変えている線はほぼ消えた。竜を装って敢えてそう言った可能性もゼロではないが、こちらの場合よほどのことが無ければわざわざ装った竜と言う擬態を解くことはないだろうッ。それよりなにより聞かねばならないことがある。
「何が目的で人間を追いまわしているッ?」
中立ということは知っているが、相手の反応を大まかにでも知る手段があるという手札があることは隠しておいた方がいい。だから俺は敢えてそう訊ねたッ。難民からすれば追われているような状況にあったのは事実なのだ。
「追いまわす? それは誤解でしてよ?」
「誤解?」
言掛かりの様なモノと言う自覚はあったんので、訂正してくるのはある程度予想していたものの敢えておうむ返しに問うッ。
「ええ、わたくしがこんな身体になったからかしら? あちらに行っても、こちらに行っても出会う人間は大騒ぎ。最初は新鮮でしたけれど、そろそろ食傷気味というかうんざりし始めたので、人間の少ないところを探して移動していただけのことですわ」
「な」
だが返ってきたのは完全に予想外の答えだったッ。
「竜と言うか魔物は総じて人間に敵対的と聞いているがッ」
「敵対的? ああ、それで人間はあの慌てようだったのでしたのね。漸く理解……それなのにあなたは逃げませんのね?」
得心がいったのだろう、身体の規模からすれば「ぽん」などと可愛らしいモノではないのだろうが、右前脚で竜は地面を叩いてからハッとした顔で俺を見るッ。
「追われた人間は困っているのでなッ! 聞かれては居ないが、名乗っておこうッ! 俺の名はましゅ・がいあーッ! 弱き者を見捨てられぬ謎のお人よしだッ!」
厄介事から逃げたいのにお人よしを名乗るなんて矛盾している気もするが、どうせこれは仮の姿ッ。
「……ふ、ふふ。ふふふ、おーっほっほっほっほっほ!」
俺の名乗りのどこがツボに入ったのか、暫し呆然としていた竜は突然笑い出したかと思えば、それを高笑いに変える。
「困っていたところでお人よしと出会えるなんて、わたくしはとても運がよいのね。でしたら、わたくしも助けてくださらない?」
笑いを収めた竜の申し出。俺は前言にちょっぴり、いやかなり後悔したのだったッ。どうしてこうなったッ。
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