第29話「越境、そして」


「ふっ」


 密入国、明らかに犯罪ではあるが、実際それをした俺にあったのは微妙な虚しさだけであった。姿を消しているから、誰にも気づかれない。


「ん、今あっちで何か音がしなかったか?」


 なんて気取る兵士も居ない。押し寄せた難民への対応でそれどころではないのだ。関所の兵士たちは、難民たちの相手で手一杯。だが、難民は時間経過で更に増加する。この関所の兵たちでは抑えきれなくなるのは目に見えていた。


「『どのみち抑えきれなくなるなら、お姫様の言を受け入れてしまおうか』などと言った判断をされる前に何とかせねばならん訳だが」


 問題点が幾つかある。例えば、竜を倒したとして、倒したことをどうやってここの難民に知らしめるか。お姫様が居るわけだから、安全が約束されたなら呼び戻す使者が派遣されることもあるかもしれないが、安全と判断するには竜が倒された事実をお姫様の保護者なり何なりが知らなくてはならず。目撃者の居る場所で竜を倒すか、倒した竜の躯をこの国の人間に目撃させる必要が出てくる。


「とはいえ、密入国した俺が目撃されるのは拙い。ならば――」


 そう、奴の出番ということになる。ほぼ下着と覆面のみと言ういで立ちの謎の男。不可視の状態を解いて変身した俺を、人はこう呼ぶ。


「ましゅ、がい、あーッ!」


 こう、三つに区切ってタメを入れつつ叫びたくなるのは、俺もかつて男の子だったからだろうか。いや、今も男だが。男の子と言うのは、少年的な方、男子小学生とか男子中学生とかそっちの意味合いだ。


「うむッ、この姿になるとたぎるモノがあるなッ!」


 人目をはばからず全力を出せるが故の解放感からくるモノだろう。俺に露出狂願望なんてモノはない、断じてないのだから。


「しかし、この姿で目撃されるとなると、俺がこの国の新たな英雄と書いて『ニューヒーロー』かッ」


 なんだかとてつもなく謝りたくなるけれど、俺は謝らないッ。そこは竜を倒してあげるのだから帳消しにして欲しいッ。


「ゆくぞッ!」


 時間に余裕がある訳ではない。誰に聞かれることもなく、自分自身に告げて空に浮かび上がる。そして再び透明に。空を飛んでいるところを目撃されて、知らない魔法を使う奴と言う関連性から俺が疑われるのは避けたかったからだッ。


「難民の来る方角を逆にたどれば、やがて竜にたどり着くッ」


 行け、ましょ・がいあーッ。


「俺の戦いはこれからだッ! って、打ち切りエンドじゃねーかッ!」


 いけないいけない、つい勢いで終わってしまうところだったッ。これも、厄介事処理係はもうたくさんだという本音の発露か。


「今何か聞こえなかったか?」

「ああ、確かに聞こえたぞ」


 しかい、それどころではない様だったッ。俺の一人ツッコミは口をついて声の形で漏れてしまっていたらしい。


「早くッ、もっとずっと早くッ」


 ここはもう逃げの一手だッ。目的の竜を未だ索敵魔法の脳内地図に見つけておらず、かなり先まで進まねばならないという事情もある。幸いと言う言い方をしてはダメなのだろうが、散見される難民はまだ絶えることがないッ。


「んッ?」


 それからどれだけ進んだだろうか。眼下に見かけたのは、暴走かと言う勢いで走る馬車。


「これはッ」


 状況が状況である。ただの暴走の筈がないッ。


「近いのか、竜がッ」


 ならばと俺は脳内の地図で敵対する者の印を探し。


「何ッ?!」


 視界に映ったモノに目を疑った。竜、まぎれもなく竜と思しき形をした巨大な生き物が跳ねるように進むまるで鹿か何かのような足取りでこちらへ向かって来ていたのだからッ。

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