第31話「後悔の先にあるもの」*


「助けてほしいッ?」


 大国を単独で滅ばせる存在がわざわざ人間である俺に乞う。理解不能とは言わない。要求されそうなことが幾つか浮かんだからだッ。


「これまでの経緯から考えるなら、安住の地を提供してほしいとかかッ」


 人に騒がれて辟易していたと聞いた。ならば落ち着いて暮らせる場所を欲していても不思議はないッ。


「あら、良い線をついていらしてよ。そうね、それは魅力的なお話だけれど――」


 否定はしないながらも、竜は言う。


「その前に、軽くお手合わせを所望いたしましてよ。わたくしを前に取り乱さない胆力を持つ者なんて目にした人間の中では初めてですけれど、実力のほどまではわかりませんもの」

「ほうッ」

「助けてほしいとは言いましたけれど、それが可能な実力がなくては」

「頼んだ意味がない、と言うことかッ」


 平和的な解決が見えそうだった気がしたのに、一転して戦いの気配。だが、この竜の主張とて間違っては居ないッ。それに、お手合わせと言い出したということは、この竜に俺を殺す気はないだろう。正体は隠しているし、周辺住民も逃げ出して周りの被害をある程度は考えなくて良さそうと言う好条件がそろっている。


「腕試しをしようと考えるならこれ以上の状況はないッ! 良いだろうッ」


 負けても死ぬことはなく、強者と戦えるのだ。俺自身は戦闘狂のつもりはないが、フラストレーションを発散できる場と考えれば、心惹かれるモノがあったッ。


「勝敗を決す方法はッ?」

「どちらかが負けを認めるか、意識を失うまで……それに加えてあなたがわたくしの求める水準以上の力を有しているとわたくしが認めた場合もわたくしの負けでどうでして?」


 手合わせの理由は俺の実力を確かめるためなのだ、竜の提案は理に適っている、ただ。


「忘れていたが、俺は過去に竜を倒したことがあるッ」

「え」

「倒さねば仲間の危機だった。故に謝らないが、だが黙ったままはフェアではなかろうッ」


 相手は竜、一定以上の強さがあることを俺は知っているが、あちらからみれば俺はただの人間ッ。わざわざ手合わせを提案するぐらいに強さが解かっていないのだ。


「……ふふ、ふふふ。おーっほっほっほっほっほっほ!」


 一瞬あっけにとられた様子だった竜だったが、急に笑い出したかと思えば再び高笑い。


「むうッ、ひょっとして笑い上戸さんかッ」

「そう言う訳ではなくてよ。ですけれど、望外の強者ということが解かったのは幸いですわ」

「ならば、手合わせも――」

「いいえ」


 取りやめるかと言う前に竜は頭を振る。


「こんな機会、いつ再び訪れるかもわかりませんもの」


 実に楽しそうに、嬉しそうに言ってのけ、続け。


「しかし、そうですわね……もし、あなたがわたくしに勝ったなら、番となりあなたの子を産んで差し上げてもよろしくてよ?」

「え゛っ」


 不覚にも俺は、ましゅ・がいあーと言うキャラづくりを忘れた。


「というか、いきなり じんがい に きゅうこん されましたよ?」


 救いを求めようにも周囲に人など居ない。


「あ」


 覆面の中で顔を引きつらせたまま無意識に誰かを求め、俺は気づいた。コメントが一件寄せられていることに。


「『龍と姫ときたらロマンスの予感! と思ったけど、この格好だとないか』か」


 これ、ろまんす ぶんるい で いいんでしょうかね。おれ には わからない。


「って、落ち着け俺ッ! 『よろしくて』ということは『考えてもいい』であり絶対ではないッ!」


 強さは認めるけど、伴侶にはちょっとと言う程度の勝ち方なら異種族間結婚なんてオチは避けられる筈ッ。


「おっほーっほっほっほ、そんなに期待して動揺されると、わたくしも雌冥利につきましてよ?」

「期待してないから! あ、じゃない、期待してないッ!」


 いかん、素が出たッ。


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