第27話「国境にて」


「この辺りでよかろう」


 視界ではなく索敵魔法の脳内マップで国境を確認したところで、俺は飛翔する速度を落とし始めた。ソニックブームとまで言わないが、高速で移動すれば風が起きる。地上のそばまで先ほどの速度のままでいれば、いくら不可視になっているとはいえ、気づかれるかもしれない。


「まぁ、それ以前に着地でダメージを受けかねんしな」


 足の骨でも折って歩けなくなったら笑えない。読者の方なら斬新だと評してくれるだろうか。だが、御免こうむる。前世ほど文明は進んでないこの世界、今履いている靴には衝撃吸収機能なんてモノは備わっておらず、着地の衝撃は当然ながら俺の足へほぼダイレクトにくる。前世が靴職人とかだったなら技術革命を起こせたかもしれないが、あいにく俺の前世はそっち方面にはど素人だった。


「多角方面での天才だったとかご都合主義で縁のなかった分野でもいろいろやらかす創作モノを前世で見たことがあったが」


 現実はそれほど甘くない。いや、魔法でいろいろやらかしてるから俺も他者から見れば同じ扱いなのだろうか。


「いや、そんなどうでもいいことを考えてる場合じゃないな」


 道は外れて人目の着きにくいところへと降りる。透明化はそのままで関所に向かい、そのあとどうするかは、現場しだいだ。難民や関所の兵の話がこちら側からでも盗み聞きできるなら良し、出来なければ隣の国へ密入国だ。


「竜が出たなら、被害が皆無と言うことはないだろうな」


 情報は得なければならないが、気が重い。隣国とはいえ当たり前の日常を壊された人が居るのだ。そして、命からがらこの先の国境にたどり着いたのかもしれない。だが、関所の兵士たちが難民を通すかと誰かに聞かれたなら、俺は首を横に振るだろう。兵士たちも仕事で関所に詰めているのであり、自由に人を通しているなら関所の意味がない。


「そも、難民は問題とセットのケースもある」


 着の身着のままとにかく逃げてきた場合、衣食住を賄うものが何もない。困窮によってそのまま犯罪に手を染めるなんてことがあるかもしれない。


「『隣国に竜が出現した』と吹聴されるのも困る」


 兵士たちに難民の通行を許可する権限があるかないかを脇に置いても、通ってよいと言えない理由があるのだ。


「かなり張りつめた、一瞬即発な空気になっているかもな」


 入国を許可されない難民が暴動を起こし、兵士が武力でこれを鎮圧する。嫌な流れだが、十分考えられることであり。


「着いた、か」


 透明のまま俺は関所に歩み寄ると、魔法で浮かび上がって塀を乗り越える。こっそり抜け出そうとするのを防ぐためか、関所の門は固く閉ざされていたのだ。塀の向こうには兵の詰所があり、入国手続きの為の建物と建物の前に立つ隣国の紋章のマントを羽織った騎士が見えた。


「ふむ」


 貴人の護衛か、それとも隣国の使者か。いずれにしても、俺の予想外の光景であり。


「とりあえず」


 あそこに向かうかと騎士の方に向かい、建物の中の様子も気になった俺は、騎士の横を抜けさらに進む。騎士を待たせて中で何をしているのか。こういう時、透明だとありがたい。扉に直接耳をつけてそばだてても咎められないのだから。


「お願いします、ここはわたくしに免じて……」

「ああ、なりません姫様! そこの者、姫様がここまで愁いておられるのです、どうして――」


 そして、中から聞こえてきた内容も想定外であった。


「と いうか ひめ?」


 脳裏に隣国の地図を広げてみるが、首都はこの国境からはるか彼方。どちらかと言うと隣国を挟んで反対側の国境の方が首都には近い。


「視察か何かの理由で首都を離れているときに竜が出現してこの国境が最寄りの国外だった、とかか」


 推測にすぎないが、立場的にも中に入って行って尋ねるわけにはいかない。俺はそのまま盗み聞きを続行するのだった。

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