第26話「想定内と想定外」


「危険です、特別魔法教官!」


 教え子たちと合流し、事情を話したうえで一人国境に向かう旨を告げると、反対の声が上がった。想定内である。


「承知の上だ。それでも工作員の一件は放置できん。一刻も早く報告する必要がある上、発見した工作員を全員護送するのであれば馬車は必須だ。また、口封じのための襲撃や縛めを抜けた工作員が襲ってくるなどの不測の事態も鑑みるなら相応に人員は必要だろう」


 かといって全員で引き返すわけにもいかないのだと俺は教え子たちに言う。


「竜がこちらの国に向かってきていると決まっているわけでもない。俺たちが国境に赴こうとしたのは、あくまで万が一のためだ。仮に竜がこちらに向かってきていたとしても、単独で挑む気などさらさらない。国境警備の兵と協力してことにあたる、それにお前達とて工作員を送り届け報告を済ませたら引き返してくるのだろう? お前たちが戻ってくるより早く竜がこちらの国境を跨いだりしなければいいだけの話だ。それに――」


 最強主人公ちゃんが紛れ込んでいたのに気づく程度の時間しか俺たちは進んでいないのだ。


「これが一週間も二週間も進んでからならば、話は別だがな」


 問題ないと一蹴する。士官学校から王都、王宮への伝令及び護送は他に人員を手配したっていいのだ。


「せ、先生がそこまで仰られるなら……」

「確かにまだ半日も進んでないしな」

「わかりました、一刻も早く戻ってきますので、教官もご無理をされませんように」


 説得が実を結んだのだろう。顔を見合わせ、俺の言に従うことにした様子の教え子たちへ、誰にモノを言っていると鼻を鳴らすと、俺はではなとだけ告げて教え子たちの元を去る。


「「お気をつけて」」


 背にかかる教え子たちの声。ここまでは想定内だ。


「さて」


 余計なことで時間をかけた分はここから取り返す。


「機動力と言えば、やはり飛行だな」


 高山などの例外を除けば、進む邪魔となる物がなく最短距離を進むことができる。


「飛行魔法と透明化魔法」


 組み合わせれば怖いのは飛んでいる生き物と衝突する事故ぐらいだ。それも魔法によって結界を展開すれば防ぐことができる。俺の身体は浮かび上がりながら消え始め。


「『追い付いて来い』と言う様なニュアンスのことを言っておいて大人気ないが、全力で行かせてもらう」


 一定の高度に達したところで、足元が爆発したかのような勢いで進み始める。国境周辺の様子を探り、何事もないようなら引き返して一人で進んでましたと言う態をもって何食わぬ顔で教え子たちと合流すればいいだけだ。


「顧みるとフラグっぽいことを言ってしまったような気もするしな」


 確認だけはしておこう。のんびり言ってたどり着いたら国境周辺が廃墟でしたでは笑えない。


「工作員との遭遇なんて想定外があったんだ。仮にもし竜が迫ってきていたとして――」


 その時はただ、戦うだけだ。


「さて、今のところ道に変化はなさそう……でもないか」


 眼下を伸びる道にぽつぽつと見えるのは人の集団や人をそれなりに積載した馬車。


「緘口令を引いたところで完ぺきではないだろうしな」


 竜の出現した国から逃げて来た難民から竜の出現を聞き、避難する者が居ても驚きはしない。隣国との国境は点ではなく線だ。砦や関所及びそこから伸びる壁に遮られた場所だけではない。道なき道を進み山林をかき分ければ、密入国出来る場所はそれなりに存在する。もちろん、安全は保障されず、徘徊する魔物に襲われる可能性の高い命がけの越境になるだろうが、竜の発生した国に残っているのとどちらがマシかという問題だ。


「しかし、この分なら、国境には難民が押し寄せていることも考えられるな」


 適当な姿に変身する必要はあるだろうが、難民と話をすれば情報を得ることも可能か。


「どんな種族の竜なのかなどと言った情報は無理でも――」


 どの辺りで発生したか、どちらに向かっていたか。それぐらいの情報は欲しい。時折眼下に目を向けながらも俺は飛び続けた。






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