第16話「何もなかったことにしたかった」*


「だいたい予想できる嫌な展開があるなら、想定して心に鎧を着こめばいい」


 だが、嫌なことは嫌なことに変わりなくて。


「……とりあえず、馬は中にいる誰かに任せるべきだろうな」


 場所の前まで来るのに、教え子たちに行軍の停止は命じていない。このまま馬を降りて馬車に入れば、俺の乗っていた馬がその場に残されてしまう。


「すまないが、少しいいか?」


 とりあえず、馬車の中へ声をかける。ここで返事をしつつ最強主人公ちゃんが出てくるなんて展開はないだろうが。


「あ、特別魔法教官。丁度良かった」

「丁度?」


 顔を出した教え子の一人の言葉に、嫌な予感が胸をよぎる。


「実は、まったく関係ない人物を間違って連れてきてしまってたようで……」


 うん、知ってた。まあ、馬車の中に何人かいれば、俺が気づくより早く問題は発覚するか。


「ふむ」


 それはゆゆしき事態だなとか何か口を開く前に意識を他所に飛ばしてしまったのは、心だけでもこの場から逃げ出したかったからかもしれない。あ、コメント増えてる。


「『特別魔法教官って言ってる時点で、その人も先生の名前覚えていないんだろうな』か」


 心の中で、反芻する。俺がするのも変かもしれないが、弁護させてもらうとするなら、特別魔法教官は俺の勤める士官学校に俺しかいない。よって、特別魔法教官と言うと100%俺のことなので、それで済んでしまうという環境化だと仕方のないことじゃないかとも思ってしまうのだ。あと、たまたま教え子の話を立ち聞きしたものだと、功績が前人未到なので名前を呼ぶのが恐れ多いって教え子も居るらしい。いわゆる畏怖してるってことなのだろうが、まぁ踏み台転生者を目指した役作りの結果、親しみやすい先生と言うキャラじゃないので、その辺は身から出た錆かなとも思ったり。


「特別魔法教官?」

「っ、すまん。少し考え事をしていた」

「ああ、そうですよね。あの子をこのまま連れてゆくわけにはいきませんし」


 あの子。とっさに出た言葉に返ってきた反応の中、含まれていた単語は、俺に諦念を抱かせるのに充分すぎた。子ってつけるってことは、年下。つまりもうほぼ確定で最強主人公ちゃんなんだろうなぁ、と。


「問題は、お前の言う『あの子』をここからどうするかだな。最初に聞いておくが俺たちが学校を出て国境方面に向かう理由をその紛れ込んだ人物には知られているのか?」


 この返答次第で、こちらの対応も変わる。何も知らないなら護衛をつけて送り出して終わりで片が付く。だが、知られてしまったなら、情報が洩れて周辺の混乱の原因とならぬよう監視をつける必要が出てくる。このまま同行させるのは論外だ。物語ではよくあるというか、この世界も物語だけど、入学すらしてない受験生を危険な戦場になるかもしれないところへ連れて行ったなんてことになり、周囲に知られたら避難ごうごうは必至である。赤の他人がやらかしたなら、俺だってその人物の頭の中を疑いたくなる。


「ただ、なぁ」


 物語はその辺を強引につじつま合わせるためのイベントを発生させて強引にそうせざるを得ない状況に追い込んでくれやがるのだ。物語序盤と言うかOPの段階で主人公が故郷の村を焼かれるだとか、故国を滅ぼされるだとか。つまり、旅に出ざるを得ない理由のために安住の地を奪われるのだ。


「っ」


 て、ちょっと待て。この思考は不味い。その例えだと、士官学校が無くなって俺が失職しかねない。


「特別魔法教官、それでどうしましょう? 最初はただの後輩だと思い話してしまったフロルドも迂闊だと思いますが」

「あ、ああ。そうだな……」


 思考がそれている内に答えてくれたらしくうっかり聞き逃したが、補足兼私見っぽい部分でおおよそ察した俺はとりあえず考えるフリをした。


「ならばフロルドに責を負わせて、護衛と監視を任せて返すのが妥当なところだろう。ただな、状況が状況だ。その紛れ込んだ人物には責任者として俺も頭の一つくらい下げる必要があろう」

「特別魔法教官……」

「しっかり確認しなかった俺にも落ち度はある」


 そう主張して俺は直接面通しし。


「あ、あの……」


 何もなかったことに出来たら、どれだけよかったか。俺の前で所在なさげにびくびくしていたのは、お約束通りの最強主人公ちゃんだった。

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