第10話「竜殺しの記憶(閲覧注意)」
第一王子殿下は、俺の確認に申し訳なさそうに肯定してから帰って行った。そして残されたのは俺だけだ。ドロシーは俺が不在になる間に授業を行う代わりの教官の手配や同行者の選定など俺が国境へ赴く準備をいろいろと始めてくれているようでこの場に姿はない。
「しかし、竜か……」
この世界での竜とは種族名のようなモノではなく、魔物の位階、つまりランクを示す。成長したのか進化したのか、あるいは最初からそうなのか。とにかくたった一体で大国ひとつ滅ぼすヤバい強さを持つ魔物を人々は「竜」と呼んだのだ。もちろん、そういう呼称になったのにも理由があり、竜と呼ばれた魔物たちには共通点があった。種族など関係なく、こう前世の俺と同郷の者ならああドラゴンだと思うような形状。すなわち、翼の生えたでっかいトカゲみたいな外見をしている。植物の魔物なら茎やら幹やらその手の者が絡み合って体を形作るし、獣の魔物なら鱗のかわりに全身に獣毛が生え、鳥なら羽毛といった風に。
「そういえば、どこかの学者が唱えていたな。『一定以上の強さを持つ者が竜となるのであり、そは魔物だけとは限らない』と」
異端とされその学者は学会を追われたそうだが、いろいろな意味で当然だろう。竜と同格、つまり一対一で互角以上に戦える人間なんて普通に人間やめてなければ無理なのだから。
「俺は人の褌借りてて、独力じゃないしな」
前世の創作モノの知識がなかったら、とてもではないが、アレは倒せていなかった。そもそも、アレとの遭遇が偶然であったし、大国を滅ぼせる魔物が出現しちゃったなんて知れば、近隣の村や街は大パニックだ。だから、俺はその時倒した竜についてちょっと強いだけの魔物だったと過少報告している。むろん、陛下を含む少数にはちゃんと竜であったことは伝えたし、証拠として竜の躯も提出した。
「
それが俺が倒した竜に名づけた名だ。本当に恐ろしい相手だった。名からもわかるとおり、黒い薔薇の魔物が竜を象った魔物であり、口にあたる部分からは、吸い込んだ男性が初めに見た同性に強力な恋心を抱く「腐った息」を吐き出す。
「本当に恐ろしい魔物だった」
強力な魔物が現れたという知らせだけで兵を連れて赴いた教え子に、なんだか嫌な予感を覚え俺は同行を申し出た。
「教官が来てくれるなら百人力です」
そう言って笑う教え子を油断は大敵と窘め、現地に赴くと滞在先となるはずだった村は無残な廃墟と化していた。幸いにも近くにいた俺の教え子の一人が村人を避難させ、人的被害はゼロに抑えたものの、狂ったように暴走する魔物の群れを止めることは能わず、押しつぶされた何軒かの民家を前に険しい顔で今後の予定を俺たちは話し合い。
「行動に移るより早く、奴は現れた」
恐らく、村を廃墟に変えた魔物たちはその竜から逃れるべく暴走していたのだ。だから、廃墟になった村に魔物を追った竜が現れたのは、必然だった。竜については実物を見た者はいなくても過去の被害から残された話によってどのような形状をしているかは知られている。まして、魔物と戦う兵や士官ならば知っていて当然。だからこそ、その形状を見ただけで一部の兵士が恐慌し隊は大混乱に陥った。竜は目の前に現れた小さな生き物たちが混乱しているさまを見てとると、大きく口をあけ、息を吸い込み。
「拙い、散開しろ!」
兵を率いているのは、教え子。越権行為だったが、俺は正面から逃れながら指示を飛ばすも混乱している兵士たちに届くはずがない。竜は吸い込んだ息を凶悪なブレスへと変え――。
「あとに残されたのは、地獄だった……」
あの時のことは思い出したくない。そっちの腐敗かよと安易にツッコミを入れられるのは、あれを見ていない者だけだ。
「だが……あまりの惨状に後先考えられなくなったからこそ、あの時は竜を倒せたのだろうな」
人目があれば、世間に出せないような魔法は使えない。そう自重する理性すら、俺は保てなかった。同時に兵士たちには謝っても謝りきれない。
「状態異常を解除する魔法を行使することにもっと早く思い至っていたなら」
何人かはきっと笑顔を失わずに済んでいた。竜と言う存在は守りきれなかった苦い思い出を思い起こさせる。
「だからと言って、最強主人公ちゃんに『何故もっと早く現れてくれなかった』と言うのは筋違いだ」
ただ、苦い記憶は俺が自分を主人公ではないと再認識させる出来事でもあり。積み重なる悲劇は俺を精神面で苦しめた。
「卑怯かもしれないが」
もうたくさんなんだ。味方を守りきれないことは、あんな思いをすることなんて。
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