第9話「悪い予想が良く当たるのはきっと仕様(後)」

「先生、お久しぶりです」


 第一王子は記憶の中のまま、今でも変わらず礼儀正しく俺を敬う態度で頭を下げて出迎えた。


「本来頭を下げるのは」

「いえ、先生が先生なのは事実ですし、今までの偉業を鑑みれば当然のことですから」


 やめてほしいとまで続けさせてもらえず、第一王子様は俺を持ち上げる。


「そう言われても……」


 いつからこういうことになったのか。確か、再入学した時にはもう俺を尊敬のまなざしで見ていたと思う。当時はそれで困惑しつつも相手は現国王の嫡男にして次の国王。近づきすぎては周りの嫉妬を買うとかなり付き合い方には気を付けていたはずなのだが。


「やはり――」


 魔法を教え始めたあたりで道を間違えたのかもしれない。そもそも殿下は俺の魔法の有用さに気づいて一度卒業した士官学校に再入学される様な方なのだ。それほどまでして欲したのだからと問題がなく有用そうな魔法を手当たり次第教えてしまったのは、間違いだったのだろう。


「と言うか……」


 それでいて、この殿下は能ある鷹よろしく爪を隠した。教え子の中で最も俺の独自魔法と呼ばれてる前世の創作のあちこちから盗作再現したアレを扱えるのが、殿下なのだが、身分が身分で先頭に立ち戦う機会も訪れないからか、これを知る者は俺と副教官のドロシーのみ。いや、陛下も把握しておられるとは思うので、三人か。


「まぁ、本人が譲られるつもりがないと仰るのでしたら、平行線」

「そこは先生が諦めて、その偉業に相応強い態度で居てくだされば――」

「やめましょう、不毛です。それよりも、俺に御用なのでは?」


 このままではちっとも話が進まない。故に勝負から逃げて尋ねれば、我に返られた殿下がもたらした情報は、ロクでもなかった。


「秘匿魔法が記された書が一冊紛失、前後して王城に努める役人が二名、行方不明……ですか」

「ええ。この両者が共謀して盗み出したのか、たまたま盗み出そうとしたところを見てしまったもう一方が口封じに害され死体が隠されているなどの理由で行方不明なのかまではわかっていませんが」


 とりあえず盗まれた書物は回収しなくてはならないし、行方不明の役人二名も見つけなくてはならないだろう。


「しかし、それだけならお教えした魔法で何とかなるのでは? 盗難防止用に所在が明らかになる魔法に反応するよう本は処置されていた筈」


 そして、所在が明らかになると言う魔法を殿下は既に会得されている。


「それがですね……書を盗み出して終わりと言う訳でもなかったみたいなんです。所在をつかんで追っ手を差し向けたところ、それがわかっていたかのような襲撃に遭いまして。ただ、襲撃者はこちらを殺さず捕獲を目的としたかの様な襲撃だったことで死者は出ませんでしたが……そういうことがありまして、僕はこう思ったんです。盗んだ書は餌だったのではないかと」

「……なるほど。とすると襲撃者の想定外は追っ手の数」

「はい。こう、先生の教えを受け自信過剰になった兄弟子か弟弟子が単身で書を追いかけ、それを捕獲してもっと先生の魔法の情報を得ようと……」


 欲張った結果、失敗したというのが殿下の見解らしい。


「ふむ。しかしそれだと少しちぐはぐな気が……」


 こちらとしては盗まれたくない書を盗んでのけたうえ、盗難防止にも気づくほどの相手だとするなら、追っ手を過少に考えて失敗などちょっとお粗末すぎると思う。


「こうは考えられませんか? 行方不明の役人二名はどちらも生きていて、犯人でない方が何らかの後れを取ったものの犯人を追跡していたとは」

「あ」

「人数が少なかったのは、その役人一人を追っ手と想定していたからで、盗難防止の処置にはまったく気づいていなかったとしたら」

「辻褄が合いますね、流石先生」


 と言うかこの場合殿下が俺の魔法を知りすぎたが故に深読みして間違えただけのようにも思えるが。殿下が他の教え子よりもたくさん俺作と言うことになっている魔法を知ってると認識してる者は少ない訳であるし。


「まぁ、何割かはその程度であってほしいという願望も含みますが。よりによってこのタイミングで出現したのでしょう? 竜が」

「ええ、一頭で国一つをしかも大国を滅ぼしたと言われる最強の魔物。発見されたのは隣国ですが」


 こっちにくる可能性も十分にありうるってことだろうな、きっと。


「『もしもに備え、最強戦力は国境に待機せよ』……陛下の命はそれでよろしいでしょうか?」


 どっちの事件も気になるが、俺の願望が正解なら、書物の方は俺でなくてもどうにかなる。竜の方は最強主人公ちゃんがまだこれから入試だと言う状況を鑑みれば、何とかできるのはたぶん俺だけだ。教えるのは危険と教え子たちには伝授しなかった高威力すぎる魔法。前に戦ったときは、それしか効かなかったのだから。

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