第8話「悪い予想が良く当たるのはきっと仕様(前)」


「中での用事は終わった。戻るぞ」


 ドアをくぐり、そこにドロシーが待っていたなら俺はそう告げるつもりだった。


「特別魔法教官、応接室へ来て欲しいとの――」


 だが、声をかけてきたのはこの士官学校の職員の一人。見知った顔ではあるが、この世界が創作物だというならいわゆるモブ扱いされそうなほど何の特徴もない普通のオッサンである。


「そうか」


 やはり何らかのアクシデントがあり、ドロシーはそっちの対応に追われていたとかそんなところなのだろう。かわりにこのオッサンをメッセンジャーとして残したなら、俺の補佐としてドロシーしか出来ないことがあったとかそういうことで。


「で、応接間と言うことは客人だろう、どなただ?」


 先ほどは公爵家のバカと最強主人公ちゃん。創作モノなら、こういうのは主要人物紹介を兼ねての登場と言うのが定石だと思う。物語のカギを握る人物が来訪、あの光が立ち上っていたことで主人公ちゃんを知り、それが後々の伏線となるって奴だ。まぁ、この思考も一歩間違えば現実を創作モノだと勘違いしてる痛い奴とレッテルを貼られる危険を孕んでいる訳だが、何にしても来訪者が誰かは知っておきたい。


「はい、殿下です。イスト殿――」

「第一王子であらせられる?」

「はい。『先生にどうしても相談に乗ってほしいことがある』とのことでして」


 公爵家の人物が登場したから次は王族ですか。尚、メッセンジャーのオッサンが口にした王子様のお言葉で察せるかもしれないが、イスト殿下も俺の教え子の一人である。俺が様々な魔法を再現し、特別魔法教官として学生たちに教え始めた次の年、既に一度士官学校を卒業しているにもかかわらず再入学して俺を含む周囲の人々を驚かせた方でもある。まぁ、一度卒業しているので俺の講義以外は免除され飛び級でもう卒業もされているのだが。


「殿下がわざわざ足を運ばれるとなると」


 相当大事としか思えない。ドロシーがこの場に居なかったのは内容以前に来客の身分を鑑みれば仕方がない。俺の教え子と言うことはドロシーもまた殿下に面識がある。


「殿下をお待たせするわけにはいかんな。すぐに向かうとお伝えしてくれ」

「は、はい。失礼します」


 言うが早いか、オッサンは全力で廊下を駆け出した。こう、学校の職員として廊下を走るのはいかがなものかとも思うが、メッセンジャーの到達が俺の到着とほぼ同時では意味がない。走るのもやむを得ないのだろう。


「こう、転移魔法的なモノが完成していたならよかったかも、とも言えないしな」


 転移系の魔法は一歩間違うと大惨事となるのもあるが、その大惨事を利用して敵意ある者がテロとかに悪用する可能性があるため、敢て手を付けていないのだ。


「やはり、あの魔法のことを殿下には打ち明けておくべきか」


 かわりと言ってはアレだが、思い浮かべたのは遠距離の相手と思念でやり取りするいわゆるテレパシー的な魔法のこと。これも相手の考えてることが筒抜けと言うどこかで聞いたような欠点をまだ取り除けていないことと、これが広まった場合スパイ的な皆さんが国内を跋扈する魔境となりかねないため、そういう未完成魔法があるということは、この国の王、すなわち陛下にしかお伝えしていない。


「まぁ、しかたないな」


 そのほかにも俺が陛下にしか伝えていないことは多々ある。すべてがいずこかに漏れれば大問題や大事件に発展、もしくはこの世界での様々な仕組みが根底からひっくりかえるような危険情報など、ある種俺は陛下にとってパンドラの箱なのかもしれない。教え子に伝授した再現魔法にしても解析を防ぐため魔法言語を暗号化し、暗号化されていないモノを知るのだって俺と陛下のみ。


「……待て、何故俺はそんなことを今思い出す?」


 これはひょっとしてフラグか、フラグと言う奴か。こう、俺が陛下に伝えた何かが誰かに漏れたもしくは盗聴とかで盗み出され、流出を防げ的な。


「うわぁ」


 もしそうなら、殿下がわざわざ足を運ばれたことにだって説明がつく。国王陛下がわざわざ足をお運びになればこれでもかってほどに目立つ。だから殿下をメッセンジャーにしたと見れば、説明出来てしまう。


「まぁ、話を聞いてみたら別件だったってオチもあるかもしれんが」


 どのみち殿下が訪問されてるのだ、大事には違いない。




























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