僕たちが出会ってから

立花 零

三周年



『俺たちが出会ってから三年が経った。よし、三周年の記念に集まろうか』



 懐かしいSNSのグループに、そんなメッセージが投下された。

 驚いたのは僕だけではなかっただろう。高校を卒業して数か月が経ち、その間一切動いていなかったグループだったのだ。存在すら忘れていたのではないだろうか。

 いや、正確に言えばずっと動いていなかった。


 あの日から。




 ガラガラ、と古いことがよくわかる音を立てる教室の扉を引くと、中にはもう何人かが集まってきていた。

 ”僕ら”は全員で6人。正確には7人。指定された時間までに集まったのは5人だった。

「呼び出した当の本人がバックレか」

 イライラを声音に出してそう言ったのは、アキラだった。彼は昔から怒りっぽかった。

「あたし今日大事な用事があったんだけどさー」

 髪を弄りながらぶつぶつと不満を零すのはリアだった。彼女は以前からギャル的なところがあったけど、姉御キャラがただのギャルになってしまった気もする。

「今日はどうして・・・集められたんだろう?」

 小さな声でそう呟くミズキは、自信がなさそうだった。たまに見えていた笑顔も、今では滅多に見せないようだ。声が震えていたのが、更にそのことを僕に教える。

「三周年の記念、ってやつでしょ?」

「それはわかってるよ、タイチ。でもそんなことしようとする奴か?あいつは」

 僕にツッコミを入れたのはシロー。彼は飄々としていて掴みどころがない人だ。みんなと仲よくする癖に、あっさりと悪態をつく。サバサバ系と言うのだろうか。あっさりとしていて、尊敬すらできる。

「じゃあお前はわかんのか」

「ちょっと待ってよ、アキラ。みんなが知らないのに俺だけが知ってるわけないだろ?」

 アキラにとってシローは癇に障るタイプだ。どんなに怒りをぶつけても返ってこない。吸収してしまうからだ、シローが。

「あのこと・・・なんでしょうか」

 二人の会話が終わって静まったからか、ミズキの声がやけに響いた。僕が勝手に頭の中を反芻させたからかもしれない。多分僕だけじゃないのだろう。その言葉の後に続く声はしばらく聞こえなかった。

 ”あのこと”

 それは、まるで地雷のように僕らの仲を冷えさせる。

 元々、すごく仲が良いかと言われると、もうわからない。良かったのかもしれない、あの日までは。あの日以降にこれだけの人数が集まったのは今日が初だった。それが何を意味するのかも、僕にはわからない。

「誰かイツキに連絡してみたら?」

 やっと沈黙が解けた。リアは携帯を弄っていた。あなたが連絡すればいいんじゃ・・・そう思ったのは僕だけではなかったようで、すぐにシローが「そう言うリアが連絡したら?」と返した。

 チッと控えめな舌打ちが響いた。リアは確実に短気になっている。

「っていうか、連絡先知らないし」

「俺も知らない」

「わからない、よ」

「知るわけねーだろ」

 たらい回しをするように、いつの間にか答えていないのは僕だけになっていた。急いでたらいを回す。

「僕もっ、知らないよ?」

 でも、これで誰もイツキと連絡が取れないことになった。というか、あのグループで聞けばいいのでは、とも思ったものの、未だに遅刻の連絡や謝罪さえ来ないところを考えると、そこでは連絡が取れないのかもしれないと考えた。

「ほんと。何考えてるのかわからないよねぇ、イツキは」

 不思議な笑みを浮かべてそう言ったシローが一番よくわからない。

 

 僕たちは、高校に入学してから集った仲間だった。それぞれで中学から同じだったり部活が一緒だったりという繋がりはあったけど、最終的に7人に落ち着いたのが1年の夏休み前。そこからもう、三年が経った。

 一番最後に合流したのがシローだった。

 イツキと部活が同じで、何回かお昼を共にして、仲間に加わった。仲間、なんて気恥ずかしい表現だったけど、それが一番合った言い方だった。

 僕らはいつも一緒にいるわけじゃなかった。気の向いたときに、ふとした時に一緒にいるメンバー。それが僕らだった。

 7人・・・。

 ここにいないのは二人。一人は今日来なかったイツキ。もう一人は。


「イツキくんは、サナちゃんの死の真相を知りたいって言ってた」


 思いつめた表情のミズキが口を開いた。それはきっと最近のことじゃなく、ずっと前のことなんだろう。ミズキなりに考えて、自分の中に留めておいたことを意を決して話したように見えた。

「真相って、自殺だったんでしょ?」

 まずい。リアが声を荒げた時は大体悪い流れになる。ミズキは震えて離せなくなるし、巻き込まれるのが面倒だから誰も口を挟まない。そのことが余計に彼女を刺激してしまうとわかっていても、そうせざるをえないのだ。

「イツキくんはっ、そうじゃないって思ってる!」

 ミズキが言い返した。リアは驚いて目を見開いている。

「だって・・・イツキくんはサナちゃんを大切に想ってた。だからきっと、何か気になることがあったんだと思う」

「気になることって?」

 興奮気味のミズキを抑えるように、シローが静かな声で尋ねた。宥めるように、ゆっくりと。

 それがわかったのか我に返ったミズキは、一つ深呼吸をして口を開いた。

「わからない・・・イツキくんが私にそう言ったのは、サナちゃんがいなくなってから一か月くらい経った頃。うわ言みたいに言ってたから、私に言ったわけじゃないのかもしれないけど」

 ミズキの声が段々と小さくなっていく。自信が彼女の中から抜けていっているように見えた。自分に言ったわけじゃない、というあたりで、自分の言っていることに確証がないことに気付いたのかもしれない。

 シローは「そっか」と薄く笑った。

「イツキイツキって、あんたはいつだってイツキね」

 リアが溜め息を吐くように毒を吐いた。彼女なりにミズキを心配しているのかもしれない。イツキに肩入れしすぎて不幸にならないように。

 ミズキがイツキを特別に思っているのはみんながわかっていることだった。そして、イツキがサナを想っていることも。だからこそ、誰かが不幸になるのは目に見えていた。そしてその犠牲者はきっとミズキであろうとみんな思っていたのだ。

 俯いて何も言えなくなったミズキをかばうようにシローが口を開いた。

「まあまあ、人のこと言えないでしょ、リアも」

 一瞬にしてリアの顔が赤くなった。

 どうしてそう呼吸をするように人のことを・・・今更注意したところで直らない癖だ。誰かを挑発することに関して、シローの右に出るものはいないかもしれない。

「サナが自殺じゃないかもしれねーって、どういうことだ?」

 独り言のようにそう言ったアキラ。僕の目から見て、アキラが一番サナの自殺に納得していなかった。きっと、今ミズキの言ったことは、アキラにとって大事な言葉だったろうと思う。

「自殺じゃなかったら・・・誰かに殺されたってことか?」

「やめてよ想像でそういうこと言うの・・・あんたイツキのこと信じられるの?」

 リアがアキラを疑うような視線で睨んだ。

 多分この中でイツキを一番苦手としているのはリアだ。リアはこの中でも特にサナと仲が良くて、そんなサナを狙うようなイツキを良くは思えなかったんだろう。

「信じるどうのこうのじゃねえよ。もし自殺じゃなかったんなら、今からでも俺らにできることがあるだろ」

 自殺だったらもういなくなってしまったサナにしか真相はわからないけど、誰かの手によってのものだったのならその犯人を突き止めることもできるんじゃないか。そういう内容のことを言っているのだと思う。

 果たしてそうだろうか。自殺だったとしても、そうじゃなかったとしても、ちっぽけな僕らにできることは数えるほど・・・いや、数えるまでもないほどだ。

 高校を卒業して、彼女をなくした僕らはショックでぼーっと生きていたように思う。そんな僕らが彼女のために何をしてあげられるのだろう。

 自分たちに何かができるんじゃないかなんて、勝手な驕りでしかない。



「やあやあ、良く集まってくれたね。俺らの三周年記念に」

 ばっと振り向くと、そこには僕らを集めた張本人のイツキがいた。

「っ、お前」

「駄目だよアキラ」

 掴みかかろうとしたアキラをシローが止めにかかる。言葉一つで人の動きを止められる。彼は人の悪態ばかり吐くけど、それでも人に信頼されるのだ。

「ふざけないで。あたしらを集めて何しようっての」

 さっきよりも強く、リアはイツキを睨みつけた。その言葉の中には、さっきのミズキの言った言葉を過去に発したという彼への怒りもあったと思う。一度決まってみんながそれを理解してやっと飲み込んだ。そんなときにまたかき回そうなんて、リアからしてみれば納得のいくものじゃなかったんだろう。

「・・・あたし、帰るから」

 ばん、と椅子を蹴り飛ばしリアは教室を出て行った。

「リアちゃん、」

 その後を追いかけて行ったミズキ。二人は仲が悪いわけじゃない、むしろいい。きっと今でも時折会っているのだろう。

「、ったく」

 また後を追うように、アキラが出て行った。

「かき回すからには、しっかり説明してもらわないとね?」

 不敵な笑みを浮かべたシローは、そう言い残して出て行った。


 教室には二人だけになった。


「タイチ」

「・・・何、イツキ」

「あの日、どこにいた?」

 椅子から立ち上がる。イツキと真っ直ぐ向かい合う。彼はいつもの笑みを消して、僕を真っ直ぐに見ていた。

「どうして」

「答えられないのか?」

「理由が知りたくて」

 首を傾げてみせた。何を言っているのだろう、と言うように。



「お前だろ、サナを」

「なんのことかな」


 脳裏に響いた彼女の声。

「どうして・・・」


 小さく笑う。

 教室を出る前に振り返ってイツキの顔を見る。

 ああ、やっぱり君は彼女が大好きだったか。


「知ってたよ、そのことも、彼女が君を想っていたことも」

 廊下に響いたその声に答えはなかった。





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