伊邪那美命4

 和葉かずははその時迷っていた。


 眼が自然とそこに行ったのだろう。混乱はしているものの、自分と同じで術を攻撃の基本としているから気になってしまうに違いない。だからだろう、和葉かずはには、二体の天狗が術を準備している姿が見えていた。


 だが、その事がかえって和葉かずはを思考の渦に捕らえている。


 複数の術を準備する敵に対して、和葉かずはの沈黙は一体にしか働かいない。だから一体を沈黙状態にしたとしても、残る一体の術がやってくる。普段ならおそらくそうしたかもしれない。同じように状況を読む市津いちづがそれを補うように回復するから。


 だが、今は状況が違う。市津いちづに詠唱破棄状態が付いていない上に、それを見越した行動も遅れている。


 仮に、天狗一体を沈黙で止めたとしても、残りの一体が放つ術に優一ゆういちが耐えられるだろうか? 仲間を信じて自らに大鬼三体を引き付ける優一ゆういちの体力が持つだろうか? 長く戦っていた仲間であれば、どのくらいが危険なのかある程度分かってくる。でも、この即席と言っていい集団には、それは不可能な事だった。


 その事が、さらに和葉かずはを渦の底に引きずり込む。


 大鬼を前にして、己を鋼の体にしている優一ゆういち。でも、それは術の効果までは防げない。


 目の前でよみがえっている大鬼三体は、金棒を好き放題に振り下ろしていた。


 ほんのわずかな時間でしかなかったが、その事が何倍にも加速して和葉かずはの頭の中で駆け回っていた。


 術結界で術そのものを軽減する?

それとも一体でも沈黙で止めてしまうか?


 その迷いの中にあった和葉かずはは、自分でも知らずに無二むにをその目で追っていく。


 その瞬間、無二むに和葉かずはの眼に答える。


 言葉こそなかったが、和葉かずははそこに確信を持っていた。まるで長年共に戦った者たちのように。


 ――天狗の一体を無二むにが仕留める。それは無二むにが向かっている方。


 それまでの逡巡が嘘のように、確信を持った和葉かずはがその術を止めに行く。自慢の沈黙の技をもって。


 一瞬の空白が、しっかりと天狗を沈黙状態に陥れていた。


 それを身とどけ、すかさず術結界を唱える和葉かずは。すでに、その眼は無二むにの動きを読むことに注がれていた。


 そして、和葉かずはは見ることになる。その圧倒的な技の数々を。





 一刻は混乱したものの、清楓きよか達は何とか均衡を取り戻していた。それは早々に術を止めた無二むに和葉かずはの行動が大きいと言っていいだろう。


 だが、全ての状態が元に戻っている。まるで清楓きよか達だけを残して、時間がまき戻ってしまったように。


 その事を考えまいとする清楓きよかだったが、隣にやってきた白菊しらぎくの顔を見るなり思い知る。彼女もまた、それを考えていることを。


だが、それを決して言葉に出さない。その間も、攻防が繰り返し続いていく。


 ついにまた、戦いが終盤に差し掛かる。


「ねえ、あれって……、わざとよね? 何してるの?」

「さあ、わかりません。わざわざとどめを刺さなくても、そのまま焼け死ぬと思いますが……。でも、無二むにさんの事です。多分考えがあるのでしょう」

 いぶかしむ二人をよそに、無二むに和葉かずはの術で倒れかけていた天狗と鬼に対して、わざわざとどめを刺していた。


 その行動に疑問を抱きながらも、二人は別の事を強く意識していた。


 また同じことが繰り返されるのではないかと。


 そして、その涙は流れていく。時の流れを取り戻すかのように。

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