伊邪那美命3

 雷鳴がと共に降り注ぐ雷の雨。それは、清楓きよか達を中心とした所に容赦なく降り注ぐ。しかも、地面からはいくつもの炎の槍が付き上がってきた。周囲は雷と炎の巻き起こす熱気の渦が出来上がっている。もしもこの渦に巻き込まれていたなら、きっと無事ではいられない。


 だが、それぞれを包む光の幕が、雷と炎を微妙に逸らしていく。そして熱気の渦からは完全に守ってくれていた。


「ちっ、やってくれるじゃねーか!」

 優一ゆういちのあげる咆哮が、市津いちづに向いている鬼たちの視線を誘導する。伊邪那美命イザナミノミコトの攻撃もまた、正吾しょうごが完全に引き付けていた。


 再び術の準備に入る天狗たち。


 いくら術の効果を防ぐ術結界があったとしても、連続して放たれてしまっては結界自体も持たないし、何よりも体力の回復が間に合わない。攻撃を防いでいるとはいえ、優一ゆういちも手傷を負っている。


 だから、和葉かずはは術を止めるために沈黙の技を使っていた。天狗の一体の術がそれで止まり、急に言葉を出せない事に驚いていた。


市津いちづさんに、詠唱破棄!」

 清楓きよかがそう告げた瞬間、無二むにの刃が天狗に刺さる。無防備な背中を一突きされ、口から血を溢れさせて絶命する天狗。


 その瞬間、市津いちづの完全回復の術が完成した。


「ありがてぇ!」

 優一ゆういちの心の響きが叫びとなってこだまする。削られていた体力を一気に回復した優一ゆういちは、再び己の体を鋼とかす。


 それにつられるように襲いくる鬼たち。優一ゆういちはその鉄槌を縦横に振るい、鬼たちの金棒と激しい打ち合いを演じていく。


 三体の大鬼を優一ゆういちがひきつける分、優一ゆういちの体力の消耗が激しい。

 だからだろう。白菊しらぎく優一ゆういちのみを回復していた。


「単体回復、優一ゆういちさん」

 詠唱破棄状態にある白菊しらぎくの回復は、完全回復には及ばないもののその回復寮には目を見張るものがある。弱りつつあった優一ゆういちも、それで再び勢いを取り戻していた。


 それが何度も繰り返される。


 優一ゆういちが守りを引き受けるから、回復は優一ゆういち一人に絞り込むことができる。全体を回復する術に比べ、単体を回復する術はその回復量に違いがある。だから、優一ゆういちのみを対象としている限りその均衡は保たれていた。


 だが、伊邪那美命イザナミノミコトだけは話が違う。


 その攻撃力は大鬼たちの比ではない。だから己の精神を限りなく高め、その周囲に不思議な結界を形成する正吾しょうごの技が必要だった。


 それはまさに気迫の鬼と言ってもいいだろう。


 おそらく体力だけで考えると、正吾しょうご伊邪那美命イザナミノミコトの攻撃の前に度々その体を地面に投げ出していたに違いない。だが、気迫の鬼はそうならない。清楓きよかの気合が注がれるたび、その気迫も回復する。体力とは違うところで、伊邪那美命イザナミノミコトの攻撃を防ぐ正吾しょうご無二むにが時折、伊邪那美命イザナミノミコトを痺れさせることにより、その結界を維持していく。


 この二人が攻撃の全てを引き付けている間に、無二むに和葉かずはが連携して攻撃を繰り出していた。


 度々沈黙状態を解除していく天狗の相手は完全に和葉かずはの役割になっている。術以外、直接攻撃をしてこない天狗は、沈黙の度にそれを解除するしかしてこない。だから、和葉かずはは天狗を沈黙させながら、術結界を張り直したり、大鬼を術で攻撃したり出来ていた。


 それぞれの役割を有効に使い、連携して攻防を積み重ねる清楓きよか達。


 いつしか残りは大鬼と天狗を駆逐して、あとは伊邪那美命イザナミノミコトだけとなっていた。


「さあ、みんなもう一息よ!」

 清楓きよかが再び気合の声をあげた瞬間、伊邪那美命イザナミノミコトの言葉が全員の頭の中に響いてきた。


「ああ、あの人の子供たち……、あなた達まで私を拒絶するというのね……」


 悲しみの涙が、伊邪那美命イザナミノミコトの頬を伝って地面に落ちる。


 その瞬間、涙が光と変わり周囲を白く染め上げる。


 いきなりのまぶしい光に、全員その眼を瞑って堪えている。だが、白い世界はゆっくりと元の色を取り戻す。


 その光の爆発はそう長くは続かなかった。光が途切れたのを感じて、急ぎ眼を開ける清楓きよか達。


 その瞬間、目の前には再び立ち上がった大鬼と天狗の姿があった。


「何!? どういう事!?」

 事態を信じられない清楓きよかの声に、事態を深刻になっていることを告げる声が続く。


清楓きよか、詠唱破棄がありません、継続回復も消えてます」

 白菊しらぎくの声に、それぞれ事態を把握する。


 混乱が行動を遅らせる。一瞬で起きたその光景を信じたくない気持ちもあるのだろう。立ち尽くすように無防備な姿を見せていたそれぞれに、理解を迫る声が聞こえる。


「戦闘開始直後だ! 急げ!」

 再び伊邪那美命イザナミノミコトを痺れさせた無二むにの声が全員に届くと同時に、天狗たちが術を準備している声が重なっていた。

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