伊邪那美命1

 伊邪那美命イザナミノミコトのいる場所は、さらに奥に進んだところだった。清浄な雰囲気と瘴気が交じり合う、そんな不思議な空間だった。


「なんだか、とても悲しい所ね」

 清楓きよかが漏らしたその言葉が、その場所をよく表現していると言えるだろう。何もなく、何も動かず、忘れられている場所のように感じられる所だった。


 その中心に巨大な樹木を思わせるものがある。そびえ立つその樹の幹の真ん中に、樹の幹に捕らえられている女性の姿があった。体の上半分は見えているが、下半分は樹にうずもれている。


伊邪那美命イザナミノミコト……よね……?」

「おそらくな」

 先頭にいる清楓きよか優一ゆういち。互いの意見が一致した事に、思わずつばを飲み込んでいた。


 おそらく、この伊邪那美宮イザナミノミヤ自体が伊邪那美命イザナミノミコトの体の一部なのかも知れない。そう感じさせる姿がそこにある。


 張り巡らされているような枝が、迷宮の壁に全て突き刺さっている。まるでその巨大な樹が、迷宮全体を支えているように。


 そして、清楓きよか達の接近を感じたのだろう。その女性の眼が開かれる。その圧倒的な雰囲気と共に。


「憎い……、憎い……、口惜しや……」


「お嬢、ダメだ。あの目はやばい。もう話し合いとか通じる相手じゃない」

「拙者もそう思います。お下がりください、清楓きよか殿」


 優一ゆういちの隣に、正吾しょうごが進み出る。その言葉を悔しそうに飲みこんで、清楓きよかは後ろに下がっていた。


「みんな、こうなったら何としても伊邪那美命イザナミノミコトの目を覚ましてもらうわ。連携はさっき話した通りで。あと、豪雷ごうらいの情報も頭に入れてるわね? 特に、金縛りには注意して行動して。一応その対策もするけどね。もう一度言うけど、白菊しらぎくは回復に専念、市津いちづさんは呪いと全体回復優先でお願い。和葉かずはさんは術結界を張った後に無二むにと連携して攻撃を。無二むには……」


 そこで一旦言葉を切った清楓きよか。だが、自分を見つめる紺碧の眼をしっかり見つめて話しだす。


「多分、アナタが鍵となる。アタシからとやかく言うつもりはないから、全員に指示をして。アナタが思うように戦ってちょうだい。ただし、何をするか出来るだけでいいから教えて頂戴。とにかく、アナタと和葉かずはさんの連携が重要なの」


 ゆっくりと頷く無二むには、そのまま後ろにいた和葉かずはの方に顔を向ける。


なんなん? ウチに文句でもあるん?」

和葉かずはちゃん。そんなに身構えなくてもいいよ。ちょっとはわかってきたんでしょ? 多分和葉かずはちゃんの人違いだって」

 身構える和葉かずはに、隣の市津いちづがその肩を掴んでいた。


「俺には記憶がない。ひょっとすると、オマエの親友を見殺しにしているのかもしれない。もし、そうなら俺はオマエの制裁を甘んじて受け入れる。だが、この戦いの時だけでいい。手を貸してくれ」

 頭を下げる無二むにの姿を、和葉かずはは腕を組んで見下ろしていた。


「ふっ、ふーん。そう……。いいわ、分かった。手を貸してあげる。でも、この戦いだけだからね! これが終わったら調べるから! アンタが仇かどうか、じっくりいやって言う程ね!」

「あーっ、そういうことなら、私も参加するんだよ。いいよね、和葉かずはちゃん」


 顔をあげた無二むにの前で、二人の少女が仲良く楽しげに笑っている。戸惑いを隠せない無二むには、そのまま短く自分の気持ちを伝えていた。


「ありがとう」


 それだけ告げて、背を向ける無二むに。その前に清楓きよか白菊しらぎくが立ちふさがる。


「仲良くなれて、よかったじゃない。いつの間にか、とっても親しくなれているのね」

「本当ですよ、無二むにさん。ちょっと目を離すとこれだから……。私たちは無二むにさんの為に新しい神社をつくろうと思います。名前は『しのび神社』どうですか? 無二むにさんにぴったりだと思いませんか? でも、死んではいけませんよ? そういう意味ではありませんからね」


「よくわからないが、連携に問題はないと思う」

 それだけ告げて、前に出る無二むに。そのまま、優一ゆういち正吾しょうごの所に向かっていく。


「オマエも大変だな。この後が」

白菊しらぎくお嬢さんを泣かせることは許さぬ」


 にやけ顔と、生真面目な顔が、そうして無二むにを出迎えていた。


「よくわからないが、伊邪那美命イザナミノミコトが取り巻きを出現させるのは間違いない。正吾しょうごはとにかく伊邪那美命イザナミノミコトを引き付けて耐えてくれ。それがこの戦いに勝つ秘訣だ。優一ゆういちはとにかく後ろに逃さないように頼む。俺は今回、術止めを優先しない。俺の全力で攻撃していく」


 抜刀し、その瞳が真紅に変わる無二むに。その姿を、優一ゆういちは肩をすくめながら呟いていた。


「おいおい、今までは手を抜いてたのかよ……」

「まったく、底が見えぬ御仁よ」


 並び立つ、優一ゆういち正吾しょうご。その間から、無二むにが前に進み出た。


「よし、いくぞ!」


 その瞬間、伊邪那美命イザナミノミコトの眼が光り、瞬時に周りに鬼たちを生み出していた。

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