成すべきこと

 意外な男の発言に、清楓きよかは驚きを隠せなかった。


 そこに至るまでは自らの意見をしっかりと伝える。だが、一度戦いの場に立つと、その男は全て仲間の指示に従っていた。


 だが、今は違う。その男は、真っ先に豪雷ごうらいの話を『認められない』と否定した。


 豪雷ごうらいの提案。その事に、清楓きよかはまだ答えを返してはいなかった。だが、それしかないと思っている。それはここにいる誰もが感じていた事だろう。だが、清楓きよかにはその答えをすぐに返せない理由があった。


 今ここで、伊邪那美命イザナミノミコトと会う必要がある。もしかすると、戦わなくてはならない。そして、今戦えるのは豪雷ごうらいが示した者たちのみ。


 それはここにいる者たちの共通認識だと言えるだろう。


 なぜなら、結界の外から伊邪那美宮イザナミノミヤにいる者達の声が聞こえてくるから。おそらく、そこにいる者が次々と集まっているのだろう。仮に伊邪那美命イザナミノミコトとの戦いを選ばず引き返すとしても、その者達を突破しなければ地上には戻れない。


 それぞれに思うところがあったとしても、今ここで下せる最良の決断がそれだった。でも、清楓きよかは自分がそうだとは思えなかった。この場所には、自分以上の巫女がそばにいる。


 だが、そんな清楓きよかの想いとは別に、正吾しょうごは真っ先に反論していた。全ての視線をその身に受け、正吾しょうごはその先を話しはじめる。


豪雷ごうらい殿、貴殿は拙者たちが伊邪那美命イザナミノミコトと会っている間、何をするおつもりか? 拙者はそこに異を唱える。貴殿は、一人でもそうするだろう。貴殿はそういう人だと思う。だが、その場にいる者まで巻き添えにするのはやめて頂きたい」

 すでに東雲しののめは座らせて、豪雷ごうらいを見下ろす正吾しょうご。彼にしては珍しく、殺気を込めて睨んでいた。


「ふっ、何のことか。ワシはこの通り動けぬから東雲しののめに手を貸せと言ったまでよ」

「白を切らないでいただきたい。貴殿は結界を越えて、下の鬼どもを掃討するおつもりだ。東雲しののめ殿がついて行くほどの人だ。貴殿が仲間の遺体をそのままにするとは考えにくい」


 正吾しょうごの力強い言葉を、豪雷ごうらいは鼻で笑っていた。だが、それが真実であることは、和葉かずは市津いちづの表情を見ると一目瞭然だった。


 にらみ合いがしばらく続く。


 だが、珍しく先に根をあげたのは、豪雷ごうらいだった。よく気が付いたと言わんばかりの賞賛をその眼に浮かべつつも、肩をすくめて正吾しょうごを見上げていた。


「余計な事を言う。確かにそうだ。だが、それを止める権利はオマエにはない。東雲しののめが自分で決めることだ。そうだろう? ワシは知っておるぞ? その昔、東雲しののめを置いて、武者修行の旅に出たのはオマエなのだからな。それに、今の東雲しののめはオマエが知るかつての東雲しののめではない。オマエがこの女を変えたのだ。尊重しろ、その意思を。そうせねば、この女は救われぬ。『自分のせいで仲間が死んだ』とこの先一生思い続けるぞ? 生きていれば、失敗はつきものだ。だが、それを挽回せず生きていれば後には後悔が残るだけだ。今ならそれが取り返せるかもしれない。だが、この機会を逃せば、あとはない!」

 それは正吾しょうごにとって考えてもみなかったことだろう。その心情は固まった顔を見ればよくわかる。


そして、もう一人その言葉に影響を受けていた。


正吾しょうご様。私の事は気になさらず、お勤めを果たしてください。私は、私の出来ることをして待っております。紅梅様、富麻呂様、武蔵様にはお世話になりっぱなしでしたので」

 座りながらも、頭を下げる東雲しののめ。だが、再び見せたその瞳には、決意の光が灯っていた。その凛とした姿に、正吾しょうごはもう何も言えないようだった。


 黙って頷く正吾しょうご。見つめあう二人の間に、確かな言葉が紡がれていく。


 もうそれ以上、誰も何もいう事が出来ない。この場にいる者全員がそう思った頃、その空気を入れ替えるように、おっとりとした声が無二むにの前に進み出る。


「では、私も豪雷ごうらい様にお供しますね。これでも、何かお手伝いが出来ると思います。それと、無二むに様。なにとぞ私達にもあの秘薬を下賜されますよう申し上げます。回復のお薬とか、色々と賜ることが出来れば、これにすぎる喜びはございません」


 まるで何かを頂く事を願うように、両方の手のひらを上に向け、しかも互いに合わせている。しかも、両膝をついてまで。


 だが、それも直ちに終わる。無二むにが小袋を気前よく渡したことで。


 唖然とした雰囲気の中、立ち上がった清恵きよえが今度は豪雷ごうらいにその笑顔を向けていた。


豪雷ごうらい様も、今度はちゃんと受け取ってくださいね。先ほどは拒否なさったのでしょう? 大体は見当がつきます。無二むに様はああ申されていましたが、私は、『ご厚意は素直に受けるべき』と思いますよ? ご自身のたゆまぬ鍛錬も大事でしょうが、秘薬が引き出した力もまたご自身の力です。そうですよね、無二むに様」


 そう言って振り返る、にこやかな笑顔の清恵きよえがそこにいた。


「まってください、清恵きよえ姉さま」

「なに?」

 そう言って呼び止めてみたものの、清楓きよかはそこで二の句を告げないでいた。口にできない清楓きよかの想い。それは、自分は相応しくないと思う気持ちと、自分から投げ出してしまう事の憤り。その事で、清楓きよかはそこから動けずに項垂れる。


 だが、そんな清楓きよかの頭を、清恵きよえがそばに来てなでていた。


清楓きよか、大丈夫ですよ。清楓きよかの願いは届きます。もう一度願いなさい。今度もきっと大丈夫だから」

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