豪雷の提案

 市津いちづの治癒で、豪雷ごうらいの傷は癒えている。だが、そこにかつての覇気はなかった。

 戦いの人生を積み重ねたその顔。そこにある深い皺は、普段は全く気にならない。だが、覇気の無い姿が見えるからだろう。今はそれが目立ってしまっている。

 眼を閉じたまま、このまま静かにこの世界から消えてしまうかのように。


「情けない姿だな、豪雷ごうらい。とれもオマエだとは思えねえな」

 無二むにたちの後から来た優一ゆういちが、その姿を見てそう言い放つ。


 それが聞こえたのだろう。目を瞑ったままの豪雷ごうらいは、その口元をわずかに歪めていた。


「ああ……、ワシもそう思う……」

 力なくそう告げる様子を、優一ゆういちはこれ以上見たくなかったのだろう。どれだけ憎んだとしても、その雄姿に憧れた瞬間もあったのだから。


 その場に舌打ちだけを残し、優一ゆういち正吾しょうごの方に去っていく。


「もう、優一ゆういちったら、こんな時に――」

優一ゆういちさんも見たくなかった姿なのでしょうね。でも、豪雷ごうらい様程の方が、一体何があったのですか?」

 清楓きよかはただ、優一ゆういちの態度が不満だったに違いない。だが、清楓きよかの文句は意図せず清恵きよえに拾われていた。だが、清恵きよえの興味はその状態がどうなったかに移っていく。


「大往生と極楽を合わせすぎたのですよ。もっと私が回復できていたらこんな無茶しなくてもよかったのです……。私一人でも十分回復できる力があれば……」

 豪雷ごうらいの手を取り、市津いちづは涙を流していた。


市津いちづが悪いんやない。もっとウチの術がもっと攻撃できとったら、豪雷ごうらいは回復に専念できとったんや……」

 その隣で立つ和葉かずはもまた、悔しそうな涙を流している。


「ワシも焼きが回ったな。優一ゆういちに呆れられ、ひよっこどもに同情されるとは……。安心せい。ワシはこんな事ではくたばらん。だが、今すぐ戦う事は出来んだろう」


 眼を開けた豪雷ごうらいは、自嘲気味に笑っていた。だが、その視界に無二むにの姿を捉えた彼は、ゆっくりと体を起こしていた。すかさず市津いちづがその背を支える。


 その場にいる人間を、ながめる豪雷ごうらい。誰がいて、誰がいないか。それを確かめているのだろう。そして、全員が疲れたような顔をしているのを見て、ゆっくりと大きな息を吐き出していた。


「お前の忠告を聞いておけばよかったと、ワシが思っていると思うか?」

 背中を市津いちづに支えられ、豪雷ごうらいはその場で胡坐あぐらをかいている。そこにいる者を把握した豪雷ごうらいは、その視線を無二むにに向ける。その姿はつらそうだが、見上げるその眼には力があった。


 それを見定めるように、無二むにはその目をじっと見る。


「その質問に俺は答えるべきなのか? 豪雷ごうらい、あなたは戦いに生きる人だ。それは、自分の信念に基づいている。他人に言われたからと言って、自分の信じる道を曲げることはないだろう。自ら曲がることはあっても、曲げられることはしないはずだ。だから、俺がどう思うかなど、あなたには関係のない事。そして、豪雷ごうらいという人物は、自分の進んだ道を後悔で塗り固めない人だ」


 紺碧の瞳の奥にその光を見たのだろう。それまでの雰囲気を吹き飛ばすように、豪雷ごうらいは大声で笑っていた。


 その笑い声で起きたのか、正吾しょうごに連れられた東雲しののめがそこにやってくる。優一ゆういちもそこにやってきて、この場に生きている者全員が集まっていた。


東雲しののめ無事でよかった。だが、オマエは無理をするなよ。あの戦いは気にするな。本来二刀であるオマエの刀が折れてしまったのだ。オマエの問題ではないぞ。和葉かずは市津いちづもよくやった。市津いちづは攻撃型の薬師くすしだ。それはワシが一番わかっている。だからこそ、オマエを選んだのだ。オマエはそのままでいい。和葉かずははもう少し修行が必要だが、能力向上の秘薬があれば、十分通じる。だから、己を信じて励み続けろ。だが、ワシらの戦いはここまでだ……」


 その言葉を聞いた豪雷ごうらいの仲間たちは、申し訳なさそうな瞳を豪雷ごうらいに向けていた。

 だが、市津いちづの手を退け、おもむろに一人で座り直す豪雷ごうらい。そして、そばにある苦楽を共にした薙刀を再びつかみ、その刃を上に向けていた。


「だが、ここまで来て、おめおめと帰ることはできん。結界を破ってここに来たのだ。地上の混乱は目に見えている。いいか、これからいう事をよく聞けよ。東雲しののめはワシと共にこの場で休む。その後、少し力を貸してもらうぞ。そして、和葉かずは市津いちづはその小僧と共に伊邪那美命イザナミノミコトと戦うのだ。文句を言うなよ、朋読の巫女。オマエの仲間も減っている。あの陰陽師と密教僧がいない分は、コイツらが埋めてくれるだろう。ワシが選んだ自慢の者たちだ。戦力になると確約する」


 有無を言わさぬ瞳を全ての者に向ける豪雷ごうらい


 だがその言葉を、即座に否定する者がいた。

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