伊邪那美宮最深部、伊邪那美の間

 坂を必死に駆け上ると、その途中に何ものも寄せ付けないような見えない壁があった。だが、誰もがその壁を越えていた。

 豪雷ごうらいは言うまでもないが、その肩を貸している優一ゆういち東雲しののめを抱えた正吾しょうごも難なく超える、そして清楓きよか清恵きよえ白菊しらぎくも、その見えない壁を越えていた。


 和葉かずは市津いちづは言うまでもなく、その結界を越えていた。


 大雷神おほいかづちのかみを倒した者も、倒していないものも、伊邪那美宮イザナミノミヤの最深部、伊邪那美命イザナミノミコトのいる部屋に飛び込むことができていた。


 そこに飛び込んだ優一ゆういちは、最初その周囲を警戒していた。その顔は、二度と同じ過ちを繰り返さないという決意にあふれていた。


だが、優一ゆういちの警戒はすぐに徒労に終わる。


 この場所には、敵意といったものが存在せず、安心できるところだと誰もが直感できていた。


 さっきまでの緊張感から解放され、皆その場に座り込んでいた。救護する白菊しらぎく市津いちづを除いて。


 改めて、その空間を見つめる清楓きよか


 その圧倒的な広がりに、思わず感嘆の声をあげている。


 そこはまさしく、不思議な空間になっていた。


 根の国の瘴気がほとんど感じられない代わりに、どこかのやしろにいる雰囲気で満ちていた。


「ここが、国生みの神が御座おわす所……」

 珍しく清恵きよえが心奪われたような声を出したその時、根の国と隔絶した壁が揺らぎを見せる。


 誰もが緊張感を再び抱いたその瞬間、そこから無二むにの姿が現れていた。


無二むに! 無事だったのね! 他の人は?」

 駆け寄って尋ねる清楓きよかのそれは、答えの分かっている質問だったに違いない。その後に続いてきた清恵きよえも、その答えは知っているという顔つきだった。

 あの状況で、死んでいる人間を助け出すことなどできるはずがない。それでも清楓きよかは、無二むにに一縷の望みをかけたのだろう。


 だが、返ってきたその答えは、予想通りのものだった。


「すまない。皆を逃がすだけしかできなかった……。蘇生の可能性がある死体には、もらった禊の水をかけたが、あの状況では喰われている可能性がある。あれから続々と鬼が集まってきた。おそらく、大雷神おほいかづちのかみの戦いが終わったと思ったのだろう。その死体をあさりに来たのかもしれない。奴らにとっては、あそこは大雷神おほいかづちのかみによって生み出される餌場の一種なのだろう」

 苦しそうに告げる無二むには、そこで片膝をついていた。


 それは、東雲しののめに回復を唱え終えた白菊しらぎくの目に留まる。


無二むにさん!?」

 驚き駆け寄る白菊しらぎく。そして無二むにの状態を見て、思わず息をのんでいた。


 これまでの戦いで、これほど無二むにが手傷を負った姿を白菊しらぎくは知らない。どんな攻撃も、紙一重で躱す無二むに。必中といわれる術だけは、躱しようがなかったが、それでもその体にこれほどの傷を負わすことはなかった。


「大丈夫。自分でできるから……。白菊しらぎくは向こうの人達を頼む」

 そう言って、自分の荷物から回復薬を取り出す無二むに。そのままそれを何個か消費し、自分の傷を癒していた。

 だが、全快には程遠いのだろう。それでも無二むにはそこでしっかりと立ち上がっていた。


 それを見て離れる白菊しらぎく。その足は、東雲しののめの方に向いていた。


 まだ、東雲しののめは目覚めていない。瀕死の重傷を負った豪雷ごうらいは、座った状態で市津いちづの治療を受けていた。


 豪雷ごうらいの元に歩く無二むに


 それまで見守っていた清楓きよか清恵きよえも、当然のようについて行った。

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