迷宮深部

 幽鬼、鬼、妖怪、そして魔獣や幻獣といったものが徘徊する中、姿を消した一行が順調にそこに至る道を進んでいく。一度昇り、そして落ちる。また昇り、さらに落ちるといった繰り返しで、着実にその奥に進んでいた。中には隠形おんぎょうを破る者がいるのだろう。その者が通る時は、清恵きよえはそこで待機を指示していく。

 神経がすり減るような行軍は、肉体に多大な疲労を感じさせる。だからだろう。清恵きよえはたまに安全地帯という場所も見つけていた。だが、そこで休むことはなく、ただひたすら進んでいった。


「あー、これオレ無理だわ。絶対迷う。もう来ないと思うけど、次行ってこいって言われても無理だわ」

 何度目かの安全地帯と言われて、休憩を提案した優一ゆういち。念のために張った結界の中で、彼はそうこぼしていた。


「そうですな。難なく進む清恵きよえ殿こそ、さすがというべきでしょう。しかも、お一人でこの迷宮を探索し、このように進む道と休む場所を見つけられた。このあおい正吾しょうご、感服仕った。確かに、この伊邪那美宮イザナミノミヤを『死の迷宮』とはよく言ったものです。もし、清恵きよえ殿がいなければ、拙者たちはここで命を落としているでしょう。これは清恵きよえ殿でなければ成しえなかった事。拙者が自信を持って言える事です」

 正吾しょうごの熱い言葉に、白菊しらぎくも首を縦に振っていた。


「ふっ、君に自信持って言われても仕方がないんだけどね。でも、同意はするよ。さすが魅力的な女性は、魅力的な仕事をする。ますますお近づきになりたいものだ。地上に帰った時には、九頭竜家くずりゅうけの牛車でお迎えせねば」

 清恵きよえから最も離れた位置に座らせられた九頭竜法経くずりゅうほうけい。だが、それでも彼はめげていなかった。さすがに歩いている時は節度をもっていたが、結界を張った後は、同じことをして清楓きよかに追い払われていた。


「今どき牛車とは……。時代錯誤も甚だしい。馬に乗れずとも、駕籠かごの方が早いと拙僧は思うのだが?」

 無災むさいが珍しく九頭竜くずりゅうの話に相手をする。その事が意外だったのか、それともその内容が意外だったのかわからないが、しばらく九頭竜くずりゅうは黙って無災むさいを眺めていた。


「何か拙僧の顔についているのか?」

 無災むさい無災むさいでそれを気味悪がったに違いない。そう告げたあと、しきりに自分の顔を触っていた。


「いや、なんでもない。僕の専門は卜占ではないからね。見間違いさ」

 言葉を濁す九頭竜くずりゅうに、無災むさいはそれ以上追及をしなかった。

 そして、二人はそれ以上何も言わずに結界の外を眺める。そこには様々な根の国の住人達が歩いていた。



「でも、清恵きよえお姉さま……。まだつきませんか?」

 少し様子を見てくると言って、ひとり出掛けた清恵きよえ。彼女が戻ってきたときに、清楓きよかはそう尋ねていた。

 

 『一刻も早くここを出発したい』と顔には書いてある。それを見た清恵きよえは、思わず目を細めている。


 そもそも、優一ゆういちが提案した休息も、清楓きよかは『まだ行ける』と言って聞かなかった。

 だが、『もう間もなく着くから。もし、戦いになった場合に備えて、英気を養うのは必要な事よ』という清恵きよえの言葉で休息を取ることを了承していた。


 そんな事を思い出したのだろう。さっきの微笑を真顔に戻し、清恵きよえ清楓きよかに向き合っていた。


清楓きよか。焦ってはいけませんよ。気合は必要ですが、気負う事は程々にね。一人で出来る事は、一人分の事だけです。その大小はあるでしょう。ただ、全員で出来ることを、一人でする必要はないのですよ。あなたのまわりには、こんなに人が集まっているのですからね。清楓きよかには、清楓きよかにしかできない事があります。同じように、それぞれの方にそれぞれの使命があるのです。だから、今からそれを考えても仕方ありません。きっと大丈夫。私はそんな気がします」

 清楓きよかの頭をなでながら、清恵きよえいとおしそうにその目を細める。


「アタシにしかできない事……。でも、アタシはまだ『武神降臨』も成功していない……」

 沈む清楓きよかの頭から手を離してしゃがむと、同じ目線で清恵きよえは話しはじめる。


「大丈夫。大丈夫ですよ」

 そうにっこりとほほ笑むと、清恵きよえはすっと立ち上がっていた。


「さぁ、皆様。もう間もなくです。ですが、大雷神おほいかづちのかみ様の近くには、鬼神・吉備冠者きびのかじゃがいます。くれぐれも見つからないようにしてください。彼の者はあの吉備津彦命きびつひこのみこと様でも手を焼いた大鬼です」


 その宣言を皮切りに、それぞれがそれぞれの決意の顔になっていた。

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